はじめに
ここ数年の住宅選びのトレンドといえば、職場からなるべく近い場所に自宅を買ったり、借りたりする「職住近接」でした。ただ、共働き世帯の増加や駅近物件への人気集中などの影響もあり、家選びの基準に変化の兆しが見えてきました。
その新しい潮流は「育住近接」。住宅情報サイト「SUUMO」を運営するリクルートホールディングスが、今年の住まい領域におけるトレンドとして、この言葉を選びました。
「育住近接」の家とは、どんなものなのか。住宅業界の最新トレンドを追いました。
子育て特化の賃貸マンション
駅からの距離が離れれば離れるほど、家賃や物件価格が安くなるというのが、不動産マーケットの常識。でも、駅から遠くても、駅前の同じ広さの物件と同等の賃料で貸し出している賃貸住宅が増えています。賃料が高くても物件に“魅力”を感じて、入居希望者が後を絶たないそうです。
その魅力とは、子育て世帯に特化した賃貸住宅であること。旭化成ホームズが「へーベルメゾン母力(ぼりき)」というブランド名で現在、荻窪や三鷹など首都圏に10棟を展開しています。
入居の条件は、互いに子育ての喜びを共有し助け合いを約束する「子育てクレド(住民憲章)」に賛同すること。入居者が自主的に懇親会を開催し、コミュニティを運営します。
入居者同士の交流を生む、中庭にある砂場
こだわったのは、入居者のコミュニティの場となる中庭です。砂場を設けることで、自然と子供が集まり、母親同士が交流するスペースになります。入居者のほぼすべてが子育て世帯なので、子供の泣き声や足音について苦情を言われ、肩身の狭い思いをすることはほとんどありません。
「子育てをする母親の精神的な負担は、設備の充実や便利なサービスだけで解決するのではありません。入居者みんなが子育てをする仲間として声を掛け合い、顔見知りになる環境を整えることで、精神的負担が軽減され、住みやすくなるのではないかと考えました」
開発を手掛けた旭化成ホームズのマーケティング本部・商品企画部の玉光祥子さんは、母力に込めた思いをこう話します。
親の負担を軽減する「育住近接」
単身世帯も含めて、現在も住宅選びの大きなトレンドになっている「職住近接」。特に仕事と家事と育児に追われ、時短を重要視する共働き世帯には根強いニーズがあります。ただ、必ずしもそれだけで暮らしやすくなるわけではないことも指摘され始めています。
どんなに駅近の物件に住んだとしても、利便性の高い人気エリアでは保育園不足が深刻で、待機児童問題がなかなか解消されない現状があります。その結果、希望する近隣の保育園には入れず、入園できた保育園が帰宅ルートから離れた場所だった場合、送り迎えに余計に時間がかかってしまい、駅近に住んでいる意味がなくなりかねません。
そうした課題に対応したのが、子育て施設の近くに自宅を構える「育住近接」の考え方です。たとえば、マンション内に保育園が設置されていれば、親の時間的な負担や「早く迎えに行かないといけない」という精神的な負担は軽減されます。
待機児童問題を解消するべく、昨年6月に国も動き始めました。新築の大規模マンションを建設する際、開発事業者に保育施設の設置を促すよう、厚生労働省と国土交通省が連名で自治体に通知したのです。
実際、保育園付きの分譲マンションは昨年、首都圏の1都3県で約20棟販売されました。これは同じエリアの総販売棟数の1割近くに上ります。実は、こうした流れの先を行くマンションも現れ始めています。