はじめに

今週決算を発表する企業数は今日が200社超、明日は400社超、そして明後日は800社近くと倍々ゲームのように増えていき、金曜日がピークとなります。まさに決算発表は佳境を迎えています。

さて、注目銘柄ですが、多くの市場関係者が決まって挙げるのがトヨタ自動車です。言うまでもないことですが、日本の時価総額最大企業であり、本邦企業で初めて純利益が2兆円を突破した、押しも押されもせぬ日本の株式市場を代表する銘柄です。実際にトヨタの決算発表は印象深いものが多かったです。


忘れられないテレビでのやり取り

たとえば、ちょうど今日から6年前の2012年5月9日の決算発表。実はその日の朝、僕はテレビの某経済ニュース番組にゲスト・コメンテーターとして出演していました。

株式市場の見通しを尋ねられた僕は、「手がかり材料難で膠着感の強い展開でしょう」と答えました。実はマーケットはその前々日に年初来最大の下げを演じ、重苦しいムードが漂っていました。そんな中、僕は注目ポイントとして「トヨタの決算」を挙げたのでした。キャスターと僕はこんなやり取りをしました。

――市場ではトヨタの営業利益が1兆円の大台を回復すると見込んでいるとか?

「ええ、5年ぶりとなる1兆円台回復がコンセンサスですが、そこまでの予想は出してこないんじゃないかと思います」

――それではまた「市場の期待に届かない」と失望売りになるのでは?

「それは大丈夫だろうと思います。トヨタの場合は毎回、期初に保守的な予想から始まりますから。それで必ず実績としては期初の利益予想を上回るという、マーケット的には一番“美しい形”で着地してくれることを市場もわかっています。リーマン・ショックのときはさすがに例外でしたが、過去ずっとそういうパターンでした。今回も1兆円に届かないまでも、どこまでそれに近い数字を出してくるかが注目です」

日本企業は期初の会社計画を保守的に見積もることが一般的ですが、中でもトヨタの堅い見積もりは有名です。ですから、僕は「1兆円大台回復」の見通しを期初の段階で示すとは思ってもおらず、そうコメントしたのでした。

トヨタの「意志」が日本株相場を牽引?

さて、6年前の決算発表では、2012年3月期の売上高は前期比2.2%減の18兆5,836億円、本業の儲けを示す営業利益は同24.1%減の3,556億円、純利益は同30.5%減の2,835億円と冴えない数字が発表されました。

驚いたのは、トヨタが示した2013年3月期の見通しでした。営業利益が前期の約2.8倍の1兆円になりそうだと発表したのです。

トヨタは2008年のリーマン・ショック後も、東日本大震災やタイの洪水の影響による減産、円高など逆境が続いていました。期初は保守的なトヨタが強気の見通しを出すのは「日本の製造業を引っ張りたい」からだと説明がありましたが、自ら喝(かつ)を入れて逆境をハネのけるという強い「意志」を感じたものです。

株式相場も、トヨタの決算発表から1月も経たずに底を入れました。そこから今日までのこの6年間で、東証株価指数(TOPIX)は2.5倍以上になりました。トヨタの「営業利益1兆円目標」という強い意志が、日本の製造業のみならず、低迷していた日本株相場を引っ張り上げたような気がします。

「意志を持った踊り場」のオチ

「意志」と言えば、2014年3月期の決算発表も記憶に残っています。この期はリーマン・ショックの前に記録した最高益を再び更新したにもかかわらず、翌2015年3月期の純利益はわずかながら減益、営業利益も微増にとどまる「ほぼ横ばい」の見通しを示したのです。

会見で「今期の利益目標が弱い気もするが…」と尋ねられた豊田社長はこう答えました。

「利益は目的ではなく結果だ。結果として増収増益になればそれに越したことはないが、長い目で持続的成長のカギを握るのは商品と人材。競争力をより強くする、将来に花開くための投資をする。だから今期に限っては意志を持った踊り場だ」

目先の利益を追いかけるよりも、あえて将来の足場固めのため種をまく年にするという意思表示でした。「意志を持った踊り場」はだいぶ話題になりましたから、ご記憶の方もおられるでしょう。ところがこのストーリーのオチは、全然「踊り場」どころではなかった、という点です。

2015年3月期は売上高が前期比6.0%増の27兆2,345億円、営業利益は2兆7,505億円と同20.0%増となりました。そして、純利益は同19.2%増益の2兆1,733億円と初めて2兆円の大台を突破したのでした。

初めて取引時間中に開示する理由

いろいろな意味で市場の関心が高いトヨタの決算発表と説明会。そして今年も大きな注目を集め、本日行われることでしょう。なにしろ、取引時間中の決算開示というトヨタ初の試みですから。

トヨタの決算開示と説明会は従来、株式市場の取引が終了する午後3時以降に行われていました。しかし、トヨタの競争力強化への取り組みを社外に伝える取り組みの一環として、2月の決算説明会で生産現場を統括する河合満副社長がトヨタのものづくりについて語る時間を設けたところ、結果的に質疑応答の時間を十分に取れませんでした。

その反省に立って、今回は説明会の開始時間を早めた結果、取引時間中の開示になったといいます。トヨタが短期ではなく中長期的な視点で会社を支える投資家を増やす試みに取り組んでいることの表れでしょう。

短期の結果ではなく、持続的成長が大事。過去の決算発表で繰り返しトヨタが訴えてきたことです。ですから、今日の決算発表を受けて市場がどのような反応を示すのか、本稿執筆時点ではわかりませんが、短期の「数字」に踊らない胆力が投資家にも求められていると思います。

(文:マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木隆 写真:ロイター/アフロ)

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