はじめに

世界中を揺るがせた「トルコショック」。金融市場はひとまず落ち着きを取り戻した感がありますが、危機再燃の火種は依然としてくすぶり続けているように思います。

日本ではトルコの高金利に着目し、同国の通貨であるトルコリラ建ての投資信託や仕組み債など、さまざまな金融商品が販売されています。外国為替証拠金(FX)取引でもトルコリラ・円が人気の通貨ペアの1つ。それだけに、同国経済やトルコリラの行方に気を揉む投資家が少なくないかもしれません。


トルコショックはなぜ起きたのか

下のグラフは、東京金融取引所のFX取引「くりっく365」のトルコリラ・円相場の推移を示したものです(終値ベース)。8月のショック時の取引時間中にはトルコリラを売って円を買う動きが強まり、1トルコリラ=15円台まで円高トルコリラ安が進行しました。

ただ、グラフを見ると、年初の30円前後から緩やかながらトルコリラが下落していたのがわかります。足元の下げを加速したのは、米国・トルコ両国間の関係の悪化です。

トルコが身柄を拘束している米国人のアンドルー・ブランソン牧師の解放を求める米国側は、トルコに対する経済制裁を強化。トルコの鉄鋼・アルミに対する関税を2倍に引き上げると発表しました。

これに対して、トルコは米国からの輸入品に報復関税を課す方針を表明。当初は「(同国の)エルドアン大統領自身がiPhoneを愛用しているのに、どこまで本気で取り組むことができるのか」などと揶揄する海外のメディアもありましたが、同大統領は今のところ、一歩も引かない強気の姿勢です。

もっとも、こうした米国とトルコの政治的な対立をめぐっては、「意外に早く収束へ向かうのではないか」(エコノミスト)との見方もあります。より懸念されるのはむしろ、たとえ政治的な対立が解消しても、長期にわたるトルコリラ安進行の背景にある同国経済の脆い体質に改善の見通しが立たないことです。

経済の不安定さを生む元凶

特に警戒されているのは、経常赤字の大きさ。同赤字の対GDP(国内総生産)比率は2017年に5%台半ばへ達しています。これは、6月に金融支援を受けることで国際通貨基金(IMF)と合意に達したアルゼンチンを上回る水準です。

経常収支を海外からの資金調達や直接投資で穴埋めする構造。これに伴って海外からの借金が膨らんでおり、その返済に苦しんでいるのです。

外貨建て債務の約7割は民間部門が占めていますが、「政府の息がかかっていたり、“お友達”が運営したりしている企業が少なくない」(前出のエコノミスト)。つまり、借金返済の連帯責任が政府に生じるリスクを抱えているともいえます。

このまま、トルコリラの値下がりに歯止めがかからなければ、外貨建ての債務は一段と膨らんでしまいます。それを食い止めるには「同国の利上げが必要」と市場関係者は口をそろえますが、利上げを嫌うエルドアン大統領が簡単に「マーケットフレンドリー」な方策を打ち出すとは思えません。

エルドアン氏は6月の大統領選で再選を決めた後、権力の集中を図っています。その端的な例が財務相の人事です。

市場で一定の評価を受けていたメフメト・シムシェキ副首相を解任し、後任に娘婿のベラト・アルバイラク氏を起用しました。エルドアン大統領はこれまで中央銀行の金融政策にも口出ししており、今回の人事などを受けて、利上げは一段と難しくなったとみられます。

個人投資家が留意すべきこと

2013年5月に金融市場を襲った「バーナンキショック」。当時のベン・バーナンキ米FRB(連邦準備制度理事会)議長が量的金融緩和の縮小、いわゆるテーパリングを示唆したのをきっかけに、新興国通貨が下落。世界の株式市場も大きな混乱に見舞われました。

中でも狙い撃ちにされたのが、「フラジャイル5(脆弱な5ヵ国)」と呼ばれた新興国の通貨。ブラジルレアル、インドルピー、インドネシアルピア、トルコリラ、南アフリカランドです。

これらの国々に共通していたのは、高インフレや経常赤字などの問題に直面し、海外からのファイナンスに頼っていた点。米国の金融政策の変化で、新興国からの資金の逃避が起きるのではないかとの不安が世界の金融市場を覆いました。

トルコ経済のファンダメンタルズは当時とさほど変わっていないというわけです。日本の低金利が長期化する中で「高金利」は魅力的に映るかもしれませんが、その裏にあるものを慎重に見極めるのが大事です。

(写真:ロイター/アフロ)

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