1840年8月、イギリスの艦隊が中国を攻撃し、アヘン戦争が始まりました。

当時のイギリスは中国から茶や陶器を輸入している一方、中国側に輸出できる商品はインド産のアヘンくらいしかありませんでした。(※当時はイギリスがインドの植民地支配を拡大していた時期にあたります。1877年にはヴィクトリア女王がインド皇帝に即位し、イギリスによるインド支配が完成します)

しかし国内の風紀悪化を懸念した清王朝は、アヘンの取り締まりを強化します。これが戦争の原因でした。当時は「貿易によって金銀を貯め込むことが国を豊かにする」という発想が根強く残っていた時代です。アヘンが輸出できなければ、イギリスの銀が流出して国が貧しくなると考えられたのです。

最新の装備を揃えたイギリス軍は、中国のジャンク船を次々に沈め、1842年には勝利を収めます。いち早く産業革命を果たした西洋に比べて、東洋の科学技術・経済・軍事力がいかに遅れているのかが、この戦争によって証明されました。

アヘン戦争における中国の敗北に、日本の知識人は恐怖します。

日本は歴史的に、中国大陸から多くの文化や技術を学んできました。歴史の大部分で、中国は先進的な地域だと見なされていたのです。その中国が、西洋の軍隊にいとも簡単に打ち破られた――。当時の人々の衝撃は相当なものだったでしょう。

1853年7月、悪夢は現実になります。マシュー・ペリー率いる4隻の「黒船」が浦賀沖に現れたのです。

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