はじめに

3月22日、米国の債券市場において、3ヵ月物財務省短期証券(以下、短期金利)と10年国債利回り(以下、長期金利)が11年半ぶりに逆転しました。いわゆる「逆イールド」が発生したわけです。

何しろ11年半ぶりの現象ですから、これを重視して「景気後退のシグナル」と考える投資家もいるようですが、私はそのようには解釈していません。今回は、その理由について解説したいと思います。


そもそも足元の景況感はどうなのか

冒頭の年限における逆イールドは2000年と2006~2007年にも発生しているのですが(月末ベース)、その後、経済成長率がマイナスとなる景気後退期に陥りました。そのため、今回も「逆イールドが景気後退のサインである」という懸念が生まれています。

逆イールド

一方で、米国の経済統計の中で、最も重要な統計の1つと思われる米雇用統計(3月)は、非農業部門雇用者増加数が前月比+19.6 万人となり、市場予想の同+17万人程度を上回りました。経済成長は減速しているものの、減速のテンポは緩やかと評価できると考えます。

米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、将来の景気・インフレ加速への懸念から、政策金利の引き上げに取り組んできました。ですから、景気が減速している足元の動きはFRBにとって想定の範囲内の動きである、と考えることもできそうです。

しかし、市場の逆イールドへの懸念は相当強いと思われます。そこで、過去2回と今回の逆イールド局面の類似点と相違点を整理したいと考えます。

過去2回とどこが似ていて、どこが違う?

類似点としては、(1)逆イールドという現象自体の発生、(2)政策金利の上昇が逆イールドの原因の1つとなったこと、などが挙げられます。

逆イールドは、短期金利が政策金利引き上げの効果として上昇することに加えて、長期金利が短期金利に比べて上昇幅が低い、あるいは低下することによって発生します。このような長期金利の落ち着きは、通常、債券投資家が将来の景気悪化やインフレ抑制を予想していることを示します。

したがって、逆イールドは中央銀行と投資家の「景気、インフレに対する認識ギャップ」により発生する、という見方ができそうです。すなわち、逆イールド発生後の景気後退期入りは、中央銀行による金融引き締めが過剰であったために発生すると考えるわけです。この観点からは、景気後退の可能性を軽視できないと思われます。

一方、相違点としては、(1)政策金利の水準自体が過去2回との比較で低位に留まること、(2)バブルの有無などが挙げられます。

まず、政策金利の水準自体です。政策金利は過去2回の局面で5%に達しましたが、今回は2%前半と低位にとどまっています。景気に引き締め的な効果を与える金利水準を明確に予測することには難しいのですが、この政策金利の水準では、まだ経済に引き締め的な効果を与えないという解釈も可能です。

おそらくFRBは、現在の水準までの金利引き上げは、引き締めではなく、正常化の一環であると考えていると思われます。

次に、2001年3月を景気の山とする後退局面の前にはITバブルが、2007年12月を景気の山とする後退局面では住宅バブルが、それぞれ発生していたと思われます。これに対して現状、何らかのバブルが発生しているという考え方は有力ではないと考えます。

この観点から過去2回とは相違点があるため、表面的に逆イールドが発生したことだけをとらえて「景気後退局面入り」とする解釈には違和感があります。

波及経路から景気後退の可能性を探る

見方を少し変えて、逆イールド自体が景気後退を発生させる波及経路があるかを考えてみたいと思います。

逆イールドは、一般的には短期調達・長期運用を行う銀行の収益を悪化させ、銀行がリスクを取れなくなるため金融環境が悪化し、景気後退させるという波及経路がありそうです。下図はシカゴ連銀が発表している金融環境指数ですが、この指数からは足元の金融環境が悪化しているという評価はできないと思われます。

金融環境指数

過去2回、逆イールドの発生後に景気後退局面入りしていることには留意する必要があることは確かです。しかし、過去2回とは異なる点があり、私は逆イールド発生という現象のみをとらえて景気後退局面に入ると考えることには賛成できません。

<文:チーフ・グローバル・ストラテジスト 柏原延行>

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