はじめに

誰もが心に抱く「認められたい」という承認欲求は、様々な形で私たちを強力に支配しています。「出世したい」という欲望や単純に自分の才能をアピールしたいという自己顕示欲だけではありません。集団の中で孤立したくないという気持ちも“承認欲求の呪縛”のなせるわざです。

どうすれば、この呪縛を解くことができるのか。前編に引き続き、承認欲求について研究している、同志社大学の太田肇教授にお話をうかがいます。


仕事をがんばるのはお金のため、ではない

――太田さんは組織論が専門ですが、すでに20年以上、組織論にからむこととして承認欲求について研究を続けています。そもそも承認欲求に注目したきっかけは?

太田肇教授(以下、同): 普通は、組織論というと、組織において人の原動力になるものは何かということで「お金」や「仕事のやりがい」について研究します。でも、実際、働く人たちの間で最も真剣に話され、常に議題として上がるのは、「誰が出世するか」や「誰が注目されているか」。また、組織内における言動の7、8割が「出世するため」とか「注目されるため」にからんだものです。

つまり、働く人の7、8割の行動は出世や名誉がインセンティブになっている。特に、役所や銀行などの伝統的な組織はそうです。私も公務員として働いたことがあるのですが、どこそこに異動になったからどうだとか、本当にそんな話しばかりをしています。それなのに、これらを抜きにして組織論を語っても意味がないと思いました。

「お金をたくさん稼ぎたいから、仕事をがんばる」というのも、お金持ちになれば世間に認めてもらえるから。「やりがいがあるから、仕事をがんばる」にしてもそうです。やりがいというと、内発的モチベーションのように感じます。しかし、よくよくその中身を掘り下げてみると、「人に感謝されるから」「すごいと言ってもらえるから」だったりする。やはり、人に認められることが根本にある。

「お金を稼ぎたいから」「仕事にやりがいがあるから」「仕事が好きだから」は、あくまで表層的なもの。いくらやりがいあって好きだ、楽しいと言っていても、ほめられたり、感謝されなければ、とたんにやりがいを失ってしまうでしょう。人が仕事をがんばり、組織がまわるその根本には、承認欲求が必ず潜んでいる。だから、組織論を研究するにあたって承認欲求について掘り下げることにしました。

日本企業にイノベーションが起こらない本当の理由

――しかし、その承認欲求には、良い方向だけでなく、悪い方向にも人を動かす負の側面がある。今回のご著書『承認欲求の呪縛』はより負の側面に注目したものです。

はい。これまで、承認欲求については正の側面が主に語られてきました。私自身もそうでした。確かに、承認欲求があるからこそ、人は努力したり、健全に成長します。ひとたび満たされると、自己効力感が得られ、才能が開花したり、行動力が上がったり、成績が上がったりもします。

しかし、調べれば調べるほど、今、より気になるのは負の側面のほうです。前述したように、人間は承認欲求を満たすためならば、そして一度得た承認を失わないためには、バカみたいなことでも、人間とは思えないようなひどいことでも何だってやってしまうという点です。

――今、日本は経済状況が悪く、社会全体としても自己効力感が下がっています。この状況下は特に、誰もが承認欲求をこじらせやすい危険な状況なのかもしれません。

「平成は敗北の時代だった」と経済同友会の前代表幹事・小林喜光さんが言っていましたが、確かに、現在も日本の企業にイノベーションはなかなか起こらず、活力もありません。

しかし、それはなぜかというと、イノベーションには必ず痛みを伴うからです。だから、管理職もそれ以下の一般の社員もやらなかった。「そんなイノベーションを起こすよりも今のままでいるほうがまだマシだ」という計算、消極的な承認欲求がここでも働いた、もしくは今も働いているのではないでしょうか。

悪い時ほど悪いほうに転ぶもので、企業やそこに所属する社員が犯罪を犯すのは、大抵、業績が下がっていたり、市場のパイが小さくなっていたりするときなどです。組織も、そこに所属する社員も、自尊心や自己効力感が下がり、消極的な承認欲求にみなが囚われ、イエスマンが多くなります。

しかも、そういう状況や人に対して意見が言えない雰囲気も同時に強くなる。反抗したり、モノが言える人は、早々に見切りをつけて他へ出ていってしまうので、なかなか悪循環から抜けられません。

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