はじめに

累計200万部を超えるベストセラーになった青春小説『君の膵臓をたべたい』。2015年に刊行された同作は、2016年には年間ベストセラー第1位(※)を達成、本屋大賞第2位を受賞。2017年夏には映画化もされ、大ヒットを記録しました。2018年には、劇場アニメの公開も決定しています。

この『君の膵臓をたべたい』は、今や大人気作家となった住野よるさんのデビュー作。文学賞に投稿するも落選、ひっそりと小説投稿サイト『小説家になろう』に投稿された本作には、出版が決定した当時、知名度も文学賞の受賞経験もありませんでした。そんな状態から、いかにして国民的ベストセラーになったのでしょうか。

『小説家になろう』を通じて住野さんに書籍化を打診、大ヒットに導いた双葉社の編集者・荒田英之さんに、その舞台裏について伺いました。

※【単行本フィクション部門】(日販調べ)


ヒットの火種は熱量のあるレビューに隠されている

――『君の膵臓をたべたい』を知ったきっかけを教えてください。

編集者・荒田英之氏(以下同):私は2014年ごろに、ライトノベルレーベル『モンスター文庫』を立ち上げました。このレーベルでは、出版する作品や作家を主に『小説家になろう』(以下『なろう』)から探し出しています。

しかし、日本最大級の投稿サイトである『なろう』には、本当にたくさんの作品が投稿されているので、編集者ひとりの眼だと光る作品を見つけ出すのは難しい。それで、自分と好きな作品の趣味が合うと思っていた担当作家さんに、“面白い作品があったら教えてもらえませんか?”とお願いしていました。『なろう』で書いている方は、『なろう』の熱心な読者である場合も多く、驚くほど多くの作品をチェックされているんです。

そして、その作家さんが、“荒田さん、すごくいい作品がありますよ”と教えてくれたのが、『君の膵臓をたべたい』(以下『キミスイ』)でした。


ⓒ2017「君の膵臓をたべたい」製作委員会 ⓒ住野よる/双葉社

――ネット上では、すでに話題の作品だったのでしょうか?

まったく話題になっていなかったわけではありませんが、突き抜けて人気があったわけではありませんでした。

『なろう』では、読者が作品にポイントをつけられるのですが、当時人気のあった作品のポイントが4~5万ポイントくらいだったのに対し、『キミスイ』は1万ポイントくらい。

ただし、『キミスイ』には閲覧数やポイントが多い作品を越える、すごく熱量のあるレビューがたくさんついていました。

熱意をもって誰かに話したくなるということは、たくさんの人の心を揺さぶるような作品なんじゃないかと思いました。そういう作品は一度火が付いたら、勝手に上がっていく力強さがある。

うまく導線を引いて話題になることができれば、倍々ゲームのような感じで自動的にファンを増やしていく予感がしたんです。なので、すぐに住野さんに連絡をとり、書籍化を打診しました。

――住野さん自身は『なろう』で長く活動されていたのですか?

実は、『キミスイ』が住野さんにとって初めての『なろう』投稿作品。この作品はいろいろな文学賞に応募していたそうなのですが、なかなか結果に結び付かなかったそう。ご本人には、うまく書けたという手ごたえがあったので、“このまま日の目を見ないのは、この作品が可哀想だ”“誰か一人にでも読んでほしい”という想いがあった。

そんな時に『なろう』を知って、投稿されたそうです。なので、『なろう』では一定の期間をおいて少しずつ投稿される作品が多いなか、この作品は完成されたものとして一気に掲載されています。

『キミスイ』を読んだ人の心を強くつかんだのは、住野さんの作品に力があったからです。たとえば、住野さんの作品には、最後まで読まれる工夫、飽きさせない工夫がたくさんあります。ストーリーにカタルシスが生まれる仕掛けや、たった一行なのにハッとする破壊力のあるセリフが、いたるところに散りばめられている。

また、登場人物の描写も素晴らしい。あまり描写のない人物も魅力的、かつ、印象的に描かれています。

たとえば、『キミスイ』については、よく“主人公の母親がいいね”“ガムの彼が素敵だね”という意見をいただきます。でも、端役である彼らは作品内では、ほんの数行しか登場していない。もちろん、セリフだって少ないです。なのに、300ページ以上ある作品の中で、そんなキャラクター達がちゃんと読者の印象に残っている。

読者に愛されない作品は、どんなに力を入れても広がりません。『キミスイ』にはその力があるので、きっとずっと色あせずに読み継がれ続けると思います。

10年たっても、“この作品、いいな”と思ってもらえるとうれしいですね。“お母さんが初めて読んだ本よ”なんて、子どもに受け継がれていく可能性がある作品です。

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