はじめに

1968年に初代が設置されてから、50年にわたって多くの人の出会いと別れを見守ってきた、東京駅の「銀の鈴」。その50周年を記念した式典が5月28日、銀の鈴広場で開催されました。

実は、同様のイベントは昨年も開催されていました。しかし今年は、1年前とは比べ物にならないくらいアツい内容となっています。49年目と50年目で、いったい何が違うのでしょうか。


駅員が手作りで再現した初代

東京駅の八重洲地下改札をくぐって、すぐの場所にある銀の鈴広場。5月28日の午前11時に訪れると、大勢の人でごった返していました。

彼らのお目当ては、銀の鈴50周年フェアの除幕式。東京駅の小池邦彦駅長と、東京駅構内の商業施設を運営する鉄道会館の井上進社長がロープを引っ張ると、初代から3代目まで歴代の銀の鈴が姿を現しました。

昨年のイベントで展示されたのは、3代目と現在の4代目の2つでした。ダブル展示はこの時が初めてでしたが、今年はその倍となる4つの銀の鈴が勢ぞろい。もちろん、初代から4代目までが1つの場所に集結するのは初めてのことです。

「2代目は東京駅地下の倉庫に眠っていました。3代目は駅長室の横の通路に展示していたものです」(小池駅長)。

圧巻なのは初代。自然劣化によって失われてしまったため、今回の企画に合わせて、東京駅の現職の駅員が業務の合間を縫って、写真に基づいて復元しました。竹を削いで作った骨組みに和紙を張り、その上に銀紙を装飾するという、50年前と同じ工法で再現しました。

なぜ銀の鈴が設置されたのか

初代が設置されたのは、1968年6月10日のこと。当時は携帯電話などなかった時代。東海道新幹線の開業から4年が経ち、駅の利用者が増加して構内の混雑がひどくなる一方、これといった待ち合わせ場所がなかったことから、東京駅では待ち合わせが困難になっていました。

そこで、当時の助役が待ち合わせ場所の目印として、巨大な神社鈴を吊り下げることを提案。駅員たちが手作りでモニュメントを作成し、東京駅構内の1階に設置しました。これが好評となり、1969年には鋳銅製の2代目が登場。1985年には3代目が設置され、北陸新幹線の乗り入れによる改良工事に伴い、現在の地下1階に移設されました。

現在の4代目は、2007年10月の駅ナカ商業施設「グランスタ」開業に合わせて、当時、東京藝術大学の学長だった宮田亮平氏(現・文化庁長官)のデザインで誕生。直径80センチメートル、重さ70キログラムのアルミ合金製で、毎時0分に鈴の音をイメージしたメロディがなる仕掛けになっています。

「銀の鈴は赤レンガ駅舎と同様に、東京駅の名所となっています。時代が変わっても、まだまだ銀の鈴の周辺に集って、ご利用いただいています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、駅を安全にご利用いただけるよう、頑張っていきたい」(小池駅長)

記念商品も豊富に取りそろえ

50年目のフェアがアツいのは、歴代の銀の鈴がそろったことだけが理由ではありません。銀の鈴広場に隣接するグランスタでは、銀の鈴にちなんだ記念商品、限定商品が数多く取りそろえられています。

たとえば、イタリアの老舗高級チョコレートブランドのカファレルでは、チョコレートタルトの上に銀の鈴を模したスペシャルチョコを乗せた「銀の鈴with Caffarel スペシャル」を1日15個限定で販売します。


「銀の鈴with Caffarel スペシャル」(税込み756円)は1日15個限定

また、フランスを中心とした欧州の食文化を提案するブルディガラ・エクスプレスでは、「銀の鈴」というド直球なネーミングの商品を1日100個限定で売っています。クルミ入りのシナモン風味のフィリングをデニッシュ生地で包み、焼き上げたものです。


「銀の鈴」(税込み290円)はストレートなネーミング

さらに、これらの記念商品を含めて、グランスタで税込み1,000円以上を購入したレシートを提示すれば、巨大ガチャを引くことができます。中には、歴代の銀の鈴とシークレットデザインの計5種類のピンバッジがハズレなしで入っているそうです。

「銀の鈴は待ち合わせ場所として、多くの人の出会い、別れ、さまざまな思いを育んできました。思い出の詰まった銀の鈴が、これからもますます目的を果たせるよう、支えていきたい」と語るのは、鉄道会館の井上社長。

携帯電話が普及した今も、わかりやすい集合場所として多くの人が活用している銀の鈴広場。今回のフェアをきっかけに訪れてみると、新たな発見があるかもしれません。