はじめに

ロシアで行われるFIFAワールドカップ。視聴者数では五輪をしのぐ、4年に1度の世界最大のスポーツイベント開催がいよいよ目前に迫りました。

世界のサッカーファンにとって残念なのは、過去4度の優勝を誇る強豪国イタリアの予選敗退。本選のピッチで「アズーリ」が躍動する姿を見られなくなることなど、よもや考えもしなかったサポーターも決して少なくないでしょう。

一方、金融市場では、イタリアをめぐるもう1つの「想定外」の出来事が、世界の投資家の肝を冷やしました。


この3ヵ月、イタリアで何があったのか

それは同国の政局の混迷です。3月の総選挙で与党・民主党が惨敗し、マッテオ・レンツィ前首相が辞任。選挙戦でともに躍進を遂げたポピュリズム(大衆迎合主義)政党の「五つ星運動」、反移民の「同盟」という2大勢力が連立政権を樹立しました。

両党の交渉の過程では、首相任命の権限を持つセルジオ・マッタレラ大統領との対立が鮮明になりました。両党が提示したユーロ懐疑派の経済相起用を大統領が拒否。これをきっかけに、「両者の意見の溝が埋まらないようだと再選挙は必至」との見方が市場に広がりました。

「再選挙に突入すれば、反EU・反ユーロで足並みをそろえる両政党がさらに議席数を伸ばす公算が大きく、これに伴って“統一欧州”の枠組みが揺らぎかねない……」。そうした投資家の読みがイタリア国債売りを加速させました。

指標となる10年物国債の利回りは急上昇(価格は下落)。5月下旬には2014年6月以来、約3年11ヵ月ぶりに3%を上回る場面がありました。同国債の急落を受けて世界の主要な株式市場も「同時安」の様相を呈し、日本株相場も5月30日に日経平均株価が前日比339円安と大幅な値下がりを余儀なくされました。

両党は結局、経済相人事の見直しを含む、新たな閣僚名簿を大統領に提出。大統領もこれを受け入れたことで、大学教授だったジュゼッペ・コンテ新首相率いる連立政権が発足。3月の総選挙以来続いていた政治的な空白は解消され、金融市場も落ち着きを取り戻しました。

イタリアでくすぶる2つの“火種”

ただ、これで台風が過ぎ去ったと判断するのは早計でしょう。特に多くの市場関係者が警戒するのは、国が抱える借金の大きさです。

イタリアの政府債務残高の対国内総生産(GDP)比率は132%と、ユーロ圏ではギリシャに次いで高い水準。政権を担う両党の連立合意書を見ると財政拡大策が目立つだけに、国の借金減らしを求める欧州連合(EU)との関係に亀裂が生じる可能性も完全には否定できません。

EUとの間には、別の“火種”もくすぶり続けています。それは難民の問題です。イタリアには地中海を挟んだリビアなどからボートで密航する難民が後を絶たず、その数は2014年からの累計で約60万人に達したといいます。60万人といえば、鳥取県の人口を上回ります。

リビアからイタリアへたどり着いた難民の多くは、紛争や貧困から逃れようとアフリカ各国から経済力の高い欧州の北の国々を目指し、危険を冒してまで地中海を渡ってきました。中にはアフリカだけでなく、遠く離れたバングラデシュから来た人もいます。

難民がイタリアに送還される不条理

受け入れ側のイタリアには、「自国だけが難民問題で過度の負担を強いられている」との不満があります。

フランスの地方紙「ラ・デペシュ」の電子版によると、2017年にイタリア政府がリビアから地中海を渡ってたどり着いた難民の救助や生活支援などに支払った費用は42億ユーロ。このうち65%が、イタリア国内の受け入れ施設の運営関連の費用や食費などに充てられています。

EU域内で適用されている「ダブリンルール」では、最初に難民の到着した国が取り扱いに責任を持つことを定めています。イタリアを通過し他国で難民申請しても、同ルールに基づいて難民がイタリアへ送還されてしまうケースが少なくありません。

多くのイタリア人から見ると、「隣国のオーストリアやフランスなどは難民の受け入れに消極的」。こうした国民感情の高まりが3月の総選挙でのポピュリスト政党人気を後押ししたのは想像に難くありません。

反移民の内相が排斥姿勢を鮮明化

調査会社のIPSOSが5月、イタリア国民を対象に実施した世論調査では、EUに対する信頼度が2011年の70%から38%へ低下。難民危機が深刻化した2014年以降、一気に20ポイント下落しています。

今回の閣僚人事では、“反移民”の急先鋒ともいうべき「同盟」のマッテオ・サルビニ党首が内相に就任しました。内相といえば、難民問題などに対処する重要なポストです。

「リビアには、イタリアへ渡ろうとしている人がさらに30万~70万人待機している」などと海外のメディアは伝えていますが、サルビニ内相は「不法移民にとって幸せなときは終わった。荷物をまとめる準備をしろ」などと強く牽制。移民排斥の姿勢を鮮明にしました。

世界の投資家を慌てさせた「南欧ショック」は、欧州における難民問題の根深さを金融市場に改めて突き付けました。

前出のIPSOSによる世論調査では、イタリア国民のユーロ圏残留支持が49%に達しています。このため、「イタリアがすぐにユーロを離脱する可能性はない」(みずほ総合研究所の吉田健一郎・上席主任エコノミスト)でしょう。

それでも、ユーロ圏3番目の経済大国であるイタリアとEUとの不協和音がマーケットを揺り動かすリスクには当面、注意が必要です。

(写真:ロイター/アフロ)

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