はじめに

1月の中国の新規人民元建て融資や社会融資総量は、いずれも過去最高となりました。米中の貿易問題に対する楽観的な見方が浮上していることもあいまって、上海総合指数は急騰しました。


足元の中国株式市場はどうなっているか

中国株(上海総合指数)の値動きをみると、足元で急騰しており2,900ポイントを回復しました。上記の融資の数字を好感した面が強いと考えます(下図)。

米国が保護主義的貿易を志向する理由

米中の貿易問題については、3月上旬に関税引き上げが実施される可能性は小さくなっていると思われます。しかしながら、今後とも米国は自由貿易よりも「保護主義的な管理された貿易」を志向する可能性が高いと考えています。

その理由を、今回は経済学で「比較優位」と呼ばれる「2国間の自由な国際貿易は全体の生産性を高めるという概念」を使ってご説明します。

ここに、A国、B国に各20人の労働力があると仮定します。そして、「A国では、10人で10個の木材、10人で5個のIT機器を生産」、「B国では、10人で9個の木材、10人で3個のIT機器を生産」していると考えます。A国対比のB国の生産性は、木材で9割、IT機器で6割です。この場合、A国とB国合計では、木材19個、IT機器8個生産できます。

ここで、貿易を前提として、B国が生産性の差が小さい分野に一層労働力を投入することを考えてみます。「B国は全員20人で18個の木材を生産」、「A国では2人で木材を2個、残りの18人でIT機器を9個生産」した場合、合計の生産量は、木材20個、IT機器9個となり、先ほどの例(木材19個、IT機器8個)よりも生産量が増加しています。これが、自由な国際貿易は生産性を促進し、成長力を高めるという概念に繋がります。

しかし、この概念は一方で、B国ではIT機器の製造業が衰退するという弊害をもたらす可能性があります。通常、IT機器生産のような第二次産業は、木材生産のような第一次産業よりも、技術革新の余地が大きいことなどから生産性を改善しやすいと考えられており、木材生産に特化したB国は豊かになりにくいと考えられます。

したがって、IT機器の製造業が衰退してしまうB国では、自由な国際貿易は望ましくないと考えることもできます。

これを米中に引き直してみると、米国では航空機のように競争力の高い分野はあるものの、製造業の一部では比較劣位にあるため、自由貿易の影響を受け、製造業が衰退していると考えることができます。このことは、米国は対中国で貿易赤字となっている一つの要因と考えられます。

そしてこの状況を、「保護主義的な管理した貿易」により改善し、製造業の雇用を取り戻すことはトランプ政権の主要な政策目的のひとつであると思われます。

中国の民間債務残高は日本のバブル崩壊前の水準に

したがって米国は、仮に今回米中貿易問題に関してなんらかの合意が得られたとしても、製造業の復活という側面に加え、覇権を巡る争いという側面もあることから、対立を折に触れ蒸し返す可能性があると考えられるでしょう。

このような状況の中、中国は「レバレッジの縮小」から、「景気対策」に経済政策の軸足を移しつつあるのではないかと考えています。中国の対GDP比での融資・証券による民間部門債務残高(Total private debt, loans and debt securities(percent of GDP)、以下民間債務)は、200%を超えてきており、この水準はわが国でバブルの崩壊が始まった1990年頃の水準とほぼ同じです(下図)。

景気の先行きが不透明で、かつ債務残高が大きくなっている局面では、通常では信用の供与は消極的に行われると思われます。その例が、いわゆる「貸し渋り」です。

しかしながら、政府の力が強い中国では、1月の中国の新規人民元建て融資や社会融資総量は、いずれも過去最高となりました。債務残高の拡大は懸念すべき状況であることは間違いありませんが、近い将来では、中国は景気対策に本腰を入れ、その効果が表れる可能性が高いと考えています。

<文:チーフ・グローバル・ストラテジスト 柏原延行 写真:ロイター/アフロ>

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