はじめに

作ったら終わりではない地図ビジネス

両社がカーナビで明暗を分けた原因について、よく指摘されているのはデジタル化の時期でしょう。職人による手作業ではなく、パソコン上で地図情報の更新ができるようになったのは、ゼンリンは1984年ですが、昭文社は1996年から1997年にかけてです。

ただ、カーナビで明暗を分けた真の理由は別にあります。1990年代半ばにゼンリンはリスクをとり、昭文社はリスクをとらなかったのです。

自動運転技術の開発自体は100年以上前から世界各地で手がけられていたようですが、日本の自動車メーカーが開発を本格化させたのは1990年代半ばのこと。自動運転を見据えたカーナビに、地図情報は不可欠でした。

地図ビジネスは一度作れば終わりではなく、定期的に更新をしていかなければ、競争力を維持できません。そのため、ゼンリンも昭文社も、全国に調査員のネットワークを持っています。住宅地図ではゼンリンが、道路地図では昭文社が独り勝ちできたのは、この継続的な更新システムを早い段階で構築し、極めて高い参入障壁を作り上げたことにありました。

昭文社は創業者の方針で、強固な書店営業部隊も早い段階で構築したため、法人向けだけでなくコンシューマー向けの世界でも勝ち組になったのです。結果、精度の高い全国の地図情報を持っているのはゼンリンと昭文社を除くとごく一部の会社に留まり、ゼンリンだけでなく昭文社にも自動車メーカーから声がかかったのです。

リスクをとったゼンリン、とらなかった昭文社

もっとも、自動車メーカーの要求水準を満たすためには、短期間の開発では収益化できません。莫大な設備投資が必要になるだけでなく、開発に従事する人材も社外に求めなければなりません。昭文社は道路地図以外に観光ガイドなどのドル箱商品も持っていたので、ハイエンドのカーナビの開発競争への参入は、リスクの高い無謀な挑戦だと考えたのです。

下のグラフをご覧ください。グループ全体での設備投資額が開示されるようになった2000年3月期以降の両社の設備投資額を集計したものです。

設備投資額

昭文社は2005年頃まで何も設備投資をやらなかったように見えますが、この時期は上場前後に実施した大規模な設備投資が一服したタイミングでした。

一方で、ゼンリンは昭文社とはケタ違いの多額の投資を断続的に実施。昭文社が17億円の営業利益を計上した2001年3月期は営業赤字に陥っています。自動運転の開発競争が熾烈を極めるようになった近年は、設備投資額はさらに増えていますが、収益力も飛躍的に上がってきているので、好循環に入っているようです。

新たな“ドル箱”は生まれるか

ゼンリンはドローン関連のビジネスでも最先端を走っています。今後、関連法規の整備が進み、ドローンにも当たり前のようにナビゲーションが搭載されるようになれば、ドローン向けの地図情報は新たなドル箱商品になる可能性があります。

一方、昭文社はカーナビ事業ではローエンド品に限定して参入したので、衰退は想定内でしたが、出版部門の苦戦は想定以上です。旅行ガイド「ことりっぷ」のブランディングビジネスや旅行関連の手数料ビジネスなど、新事業は着実に育ってきてはいますが、低迷する連結業績が底を打つのはもう少し先になりそうです。

もっとも、リスクをとらなかったおかげで、財務は今も磐石。四半世紀前にリスクをとっていたとしても、開発競争に敗れていたら、今頃会社は傾いていたはずです。

ゼンリンがどこまで飛躍するのか。そして、昭文社がここからどう業績を立て直していくのか。対照的な決断をした両社を見守っていく価値は十分にあると思います。

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