はじめに
企業型DCは、会社が社員に掛金を拠出することが大原則ですが、その掛金の在り方には3種類あり、会社によっては前回の記事でお伝えした「掛金増額」がご自身にデメリットをもたらすことがあります。今回は特に注意が必要な「給与減額型」の企業型DCについて解説します。
参考記事:マッチング拠出における掛け金の制限が撤廃に 掛金を増額して良い人、増額してはいけない人とは?
企業型DCの3種類の掛け金とは?
企業型DCの掛金は、事業主が拠出します。掛金の額は、役職や勤続年数などによって異なることが多いです。毎月会社から決まった金額を拠出してもらい、それを自分で運用する、これが企業型DCの基本形です。
しかし実際は、あと二つアレンジともいえる形があります。
「前払い退職金」との選択制
ひとつが「前払い退職金」との選択制です。これは事業主が一定のルールに乗っ取り従業員に掛金を拠出する点は、基本形と同じです。しかし、その掛金を「給与」として受け取るのか、「確定拠出年金の掛金」とするのかを社員自身が決められるのが特徴です。
給与として受け取る場合は「前払い退職金」と呼ばれます。文字通り、本来なら退職時に受け取る退職金を分割して今の給与に上乗せして受け取ります。その際、通常の給与同様所得税・住民税・社会保険料が天引きされるので、手取りは8割程度となります。
一方「確定拠出年金の掛金」を選ぶと、税金も社会保険料も差し引かれることなく全額が積み立てに回ります。社会保険料の負担割合はおよそ給与の15%、税金は人によって税率が異なるものの、5%~10%と仮定すると、それらを引かれずに自分自身の老後資金として積み立てることができるのは、大きなメリットといえます。
これは、事業主掛金にはそもそも税金や社会保険料がかからないので、自らが選択しても同様の扱いになるのです。確定拠出年金は「退職金」であるため、受取時にも加入期間を勤続年数と読み替えて退職所得控除を計算するなど、非常に有利に手元資金を将来資金へと移動させることが可能です。
ご自身の会社がもし「前払い退職金」との選択制である場合、まず確定拠出年金の掛金を選び、さらにマッチング拠出で個人掛金を上乗せすると、有利な条件のもと老後資金を積み立てることができます。
「給与減額型」による選択制
もうひとつの掛金拠出の方法が「給与減額型」による選択制です。これは掛金を自分の給与から切り出して拠出する方法です。掛金は拠出した瞬間に「給与ではない」扱いになるので、税金も社会保険料も差し引かれることなく老後の積み立てに回ります。拠出した掛金分、「給与」の額が減るので「給与減額型」、希望者のみを加入者とするところから「選択制」という呼び名を使っている会社が多いようです。
名称は会社によって異なるようですが、給与から掛金として切り出しできる金額を「ライフプラン手当」とか「生涯設計手当」と呼び、1ヶ月あたり最低3,000円から1,000円刻み、上限55,000円とするといったルールが定められています。
例えば、会社がこの制度を導入すると、社員は自分の意思で給与の内訳を変えることができます。給与50万円のうち、退職金の積み立て用として3万円を「企業型DC」として運用するイメージです。
前述した通り、積み立てから受け取りまで税の優遇が受けられるので、自らの意思で「退職金」という有利な制度を利用できるのは加入者にとって大きなメリットともいえます。
給与50万円の方が自らの給与から3万円を確定拠出年金の掛金とすると、給与は47万円と認識されます。同時に所得税・住民税は給与47万円にかかり、社会保険料も47万円にかかります。
給与50万円で年収が600万円と考えると、給与所得控除は164万円、社会保険料はざっくり15%と仮定すると90万円、基礎控除は令和7年の改正後を適用すると68万円となり課税所得は278万円です。従って所得税は180,500円、住民税は303,000円、合計483,500円となります。
「給与減額型」の注意点
では、給与減額型で掛金を3万円拠出したらどうなるでしょうか?
給与は47万円と認識されるので、年収は564万円です。給与所得控除は156.8万円、社会保険料は84.6万円、基礎控除は68万円となり所得税は157,100円、住民税は279,600円、合計436,700円です。つまり拠出前と比べると46,800円ほど税金の負担が少なくなります。
また給与から掛金を拠出すると、その分社会保険料の算定額が下がるため負担する社会保険料も90万円から84.6万円へと減少します。拠出前後で5.4万円、税金と合わせると10万円ほどの支払を減らしつつ、確定拠出年金の積み立てを年間36万円確保できるということです。
一見メリットばかりのように見える「給与減額型」ですが、やはり税金や社会保険料がかかる「給与」の額が減額されることによる注意点は忘れてはいけません。
例えば、先ほどの例で年収が600万円から564万円になると、源泉徴収票に記載される「年収」は564万円になります。仮に住宅を購入する場合は、年収564万円でローンの審査にかけられることになります。
確定拠出年金への積み立てを選んだばかりに、その金額(この例では月3万円)が賞与の算定から外れたり、残業代などの計算の算定から外れたりという不利益はないように設計するのが一般的ですが、そのような配慮がされず残業代は給与50万ではなく47万円として計算するという企業も一部存在すると聞いたことがあります。
また社会保険の給付には、給与額に連動するものがあります。「給与減額型」で社会保険料の支払いが減ると、万が一の時の給付の計算の元が減るので、給付も減ってしまうのです。
「給与減額型」により影響を受ける主な給付は、健康保険の傷病手当金、出産手当金、雇用保険の育児休業給付金、介護休業給付金、老齢厚生年金です。また老齢厚生年金が減少すると同時に障害厚生年金、遺族厚生年金もそれに連動し減少します。
傷病手当金は、病気やケガで働けない状態が3日以上続いた場合、4日目から最大1年半にわたり給付が受けられる制度です。金額は給与の約3分の2なので、仮に給与が50万円だと一日あたり11,110円です。しかし、「給与減額型」で確定拠出年金の掛金を3万円とすると給与は47万円となるので、傷病手当金は一日あたり10,440円程度に減額します。最大1年半の給付ですから、約37万円給付額が減ります。
出産手当金は、産前6週・産後8週、合計98日間、出産した女性被保険者に支払われる手当です。こちらも給与の約3分の2ですから掛金3万円の拠出で一日あたり670円の減額、最大66,000円給付が下がります。
育児休業給付は最初の6ヶ月間は賃金の60%、その後子どもが1歳になるまでは賃金の50%の給付が受けられます。すると出産後1年間の育休取得で20万円ほど給付が少なくなる計算です。
介護休業給付は、家族の介護のために休んだ際に受けられる給付です。金額は給与の約67%を最大93日間ですから6万円の減少です。
老齢厚生年金の場合は、長期間掛金の拠出を継続した際に影響が出てきます。例えば、給与50万円でその後30年間厚生年金に加入した場合、受け取れる老齢厚生年金は約99万円です。一方掛金拠出後の47万円で計算すると約93万円となり、差額が6万円生じることが分ります。65歳から95歳までの30年間を受取期間とすると、180万円ほど受取額が減ります。