はじめに
外国から日本を訪れる、いわゆる「訪日外国人客」の数は2014年頃から急激に増加しています。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、その数は2012年の837万人から2016年には2000万人を突破。新型コロナのパンデミックによって一時は大きく落ち込んだものの、収束後は再び右肩上がりに増加し、2025年は4000万人の大台突破が確実視されています。
現在、この訪日客の急増ペースに宿泊施設の整備が追い付かず、大都市圏や人気観光地では宿泊施設の不足と、宿泊費用の高騰が問題になっています。ここでは、宿泊施設不足の解消を一大ビジネスチャンスととらえ、「小規模宿ビジネス」を立ち上げた宗像瞳(むなかた ひとみ)さんに、同事業を立ち上げた目的や理由、事業の現状や将来性などについてうかがいます。

宮崎県都城市出身。高校卒業後に上京し、正社員として働きながら日本大学を卒業。2015年、株式会社和と輪を設立し、物販業、宿泊事業、不動産賃貸業、教育事業など幅広く手掛ける。宿泊事業では、関東甲信越及び九州に小規模宿を複数展開。自身の宿泊施設譲渡の経験を活かし、宿泊事業者への資金調達やM&A、事業立ち上げのサポートのほか、人材開発やDX支援など、年間300社超を支援。長野県にて、「ふるさと納税パートナー企業等町長表彰」を2023年から3年連続で受賞。著書に「すごい小規模宿の作り方」(陽だまり出版)。「小規模宿の作り方講座」の公式サイト
多くのビジネスの中から「小規模宿事業」を選んだ理由
──宗像さんは一から「小規模宿」事業を立ち上げ、現在は何軒も運営されていますが、本日はその小規模宿事業についてお話をうかがいたいと思います。まず、「小規模宿」とはどのようなものか、教えていただけますか。
宗像(以下、すべて宗像さんの回答) みなさんが旅行に出られる時、大半の方はホテルや旅館などの宿泊施設を利用されると思います。小規模宿は、それらの宿泊施設のひとつ。文字通り「小規模な宿」です。法律的には、「旅館業法」で定められた「簡易宿所営業」に当たり、宿の形態としてはペンションやゲストハウス、一軒家の一棟貸しなどをイメージしてもらえればわかりやすいと思います。私が運営しているのは、主に“一軒家一棟貸し”スタイルの小規模宿です。
──さまざまな業種、ビジネスがある中、「小規模宿」を選んだ理由はなんですか?
中学生の時に自宅が火事で全焼し、家が再建されるまでの間、小さな倉庫で過ごしていたのですが、その時、友人や学校の先生、周辺の方々など多くの方から支援を受け、救われた経験があります。この時、「いつか必ず、社会に恩返しをしたい」という強い思いを抱きました。その思いが現在も根底にあります。
2015年、その思いを軸として物販事業や不動産賃貸業、教育事業と多くの事業を立ち上げてきたのですが、その中のひとつが小規模宿事業でした。宿泊事業を選んだのは、本業を抱えながらでも「利益率50%超え」という高い利回りを実現できる、数少ないビジネスと考えたからです。私自身が旅行好きということもあって、自分の価値観と合致したのも理由のひとつですね。
──確かに、事業を始める上で「価値観が合う」ことは大切かもしれませんね。
利益の追求だけでなく、地方で小規模宿事業を立ち上げれば、政府の重要施策である地方創生に貢献できるという「社会的な意義」もあります。人口減少が進む日本において、宿泊業は外貨を稼げる産業。さらに、「関係人口(居住はしていないが、その地域を行き来して地域住民と関わる人の数)」を増やす手段として、極めて重要な役割を担う産業であるのも、小規模宿事業を選択した理由です。
デメリットなし!? 小規模宿事業のメリットとは
──小規模宿事業のメリットは何ですか?
なんといっても、低コスト・スピード開業が可能なことでしょう。空き家や空き部屋など既存の物件を「小規模宿」として活用すれば、大規模な改装工事をしなくても、低コストで開業することができます。常勤のスタッフを雇わず、清掃や管理・運営は代行業者に依頼すれば、副業で取り組むことも十分可能です。
──反対に、小規模宿事業のデメリットはありますか?
うーん、なんでしょうね。資金を投じるわけですし、事業が失敗するリスクはありますが、「これがデメリット」という明確なものはないと思います。
──現在、何カ所の小規模宿を運営されていて、合計でどのくらいの売り上げ規模になるのでしょうか。
約10施設で、売上高の合計は年間で1億5000万円くらいですね。
──すでに売却された物件もあるとうかがいました。
2019年に立ち上げた静岡県の宿は、新たな宿を立ち上げるため、事業ごと売却しました。そのエリアで開業したのは、出張で何度も通っていて、その都度、自分が宿泊したいと思えるようなホテルが見当たらなかったからです。「宿を開けば需要があるはず」と考え、小規模宿をつくりました。
──宿の立ち上げにかかった費用はどれくらいですか?
土地の購入に1000万円、宿の建設に1700万円、合計で2700万円ほどかかりました。その宿の売上高が年間1200万円、表面利回り(売上高÷初期投資額)は44%と好調だったこともあり、2025年に8000万円で売却しました。立ち上げ費用はほぼ銀行からの融資ですが、すでに借り入れの大半は返済済みでした。