はじめに
給料は上がらないのに平均寿命はますます上がる予測。老後のために、今からお金を貯めなきゃ! と汲々とする今日この頃、なんだか、何のために生きてるのかわからなくなってきた……。そんな生き方の対極にあるのが、死と隣り合わせの人生を生きる「冒険家」。彼らにとってお金とは? 備えとは? 暮らしとは?「サバイバル登山家」として知られる、服部文祥さんにお聞きしてきました。
(写真:亀田正人)
テントなし!? 電気なし!? 食料は現地調達!?
大学ワンダーフォーゲル部出身の服部さんは、在学中に知床半島全山単独行、96年には世界第二の高峰K2と、華々しい登山のキャリアを積んできました。しかし、現代的な装備に守られて成立する登山に、
「山を自分で登ってないなって感じるようになって」
フリークライミング(人工的な足場やロープなどを一切使わずに岩場を登ること)への傾倒を経て、99年、「サバイバル登山」という独自の方法論を模索します。
サバイバル登山において、服部さんが自らに課したルールは、従来の登山からは非常識ともいえるものでした。テントもマットも持たず、草を敷いた上に寝てタープ(ナイロンのシート)のみで山中を過ごす。照明やスマホ、時計など電池で動く機器も排除、山行において最重要項目ともいえる食料さえ、基本的に「現地調達」※1し、山に自生する植物や木の実、生物を採って食べるというストイックさ。しかし、「できる限り自分で登りたい」という信念から、以来服部さんはこのスタイルで山を旅するようになったのです。
※1最低限の米、塩等は携行。
500円玉も「ただの板」
服部さんが初のサバイバル登山を試みた南アルプス単独行の携行食料は、行程の11日に対して、米5合と黒砂糖300グラムのみ、カロリー換算でわずか3700kcalでした。これは、激しい登山をすることを考えれば、成人男性の栄養所要量のたった1日分にすぎません。
しかし、食料ではなく、食料を獲る釣り竿やナイフを持ち、ガスバーナーや燃料がなくとも焚火の知識があれば、釣った岩魚や捕まえたカエルを焚火で焼き、余った分は燻製にできます。荷が軽く、補給が不要なので、長期間山行を続けることができます。
(写真:亀田正人)
ある時入山の直前、服部さんはタクシーの運転士にこう頼んでいます。
「500円玉に替えてくれませんか」
所持金の中にあった5枚の100円玉を両替してもらうためです。
500円玉1枚は約7グラム。それに対し、100円玉(4.8グラム)5枚の重さは24グラム。ひとたび山に入れば、コンビニはおろか、自動販売機一つありません。たった17グラムといえど、刃物でもロープでもなく、山の中では負荷にすぎない余分なコインを持ち歩きたくなかったのです。
「お金って、この社会のシステムの中にいなければ、何の役にも立たないものなんです。街でのお金と同じぐらい、山で重要なものは? あえて言えば靴です。靴をなくしたら現代人は山では移動できず、死の危険にさらされる」
そこには、お金だけが絶対的な価値を持ち、お金がなければ何もできない、と思い込んでいる私たちの感覚とは、まったく異なる価値観がありました。
高級住宅街のサバイバル・ライフ
「食料を自己調達するために、その後狩猟も始めました。でも、肉がいっぱいとれても、山の中じゃ食いきれないでしょ。次第にそれを家に持って帰るようになり、今では狩猟が生活の中に入り込むようになってきた」
そんな服部さんが暮らすのは、横浜市内の高級住宅街の一角。
「高級なのはうち以外(笑)。我が家はがけ地に建つ問題物件で、地価は近所の10分の一ですよ」
購入した中古物件の補修やカスタマイズは、できるだけ自力で。鶏小屋を建てて採卵し、敷地に自生する果樹や野草はもちろんのこと、敷地に出没する生物も獲って食べるという、都会の中でもサバイバルなライフスタイルです。
「近所で獲れるいちばんうまい肉は、亀ですね。うまみが多いんです。シマヘビもマムシもうまいです」
——ご自宅でも、食をすべて自給しているんですか?
「(笑)さすがにそれはない。妻が生協に加入していて、豚肉や鶏肉をはじめ食材を定期購入していますから。でも、狩猟期間なら肉は300%自給できますね。鹿一頭で、20~50キロの肉がとれるから。うちには子供が3人いるけど、それでも食べきれないから、お母さん仲間に配ります」