はじめに
冒険家にとってお金って?
——サバイバル技術で、山でも都会でも食料を調達できてしまう服部さん。一億円あったら、何に使いますか?
「一億? 中途半端ですね。生きるためなら、あと2000万もあれば十分。10億なら、ミケランジェロや運慶みたいな、後世に残る芸術家を育てる活動をしてみたい」
——将来のためにとっておく、とか、すごい冒険のために使う、じゃないんですか?
「俺の冒険なんて、お金要らないですもん。医療保険は加入しているけど、生命保険は入ってないし、将来の備えなんてしてませんよ。逆にみんな、よく老後まで生きるつもりでいますよね」
——超高齢社会ですしね……(汗)
「お金って、体が動くうちに使わないと、どんどん価値がなくなっていく。若いときに節約して貯蓄し、リタイヤしてから使おうとしても、体は動きませんよ。あと、若いときに食事代をケチると不健康になりますよ。まあ、病気になって体が動かなくなったら、あきらめればいいだけの話ですけど。動物はみんなそうしてるんだから(笑)」
——人間も動物に過ぎないということですね……。冒険家にとってお金って何ですか?
「昔の極地探検なんて、国家の援助がなかったら、自腹で借金して行ったんだから。帰ってこれるかどうかもわからないし。貯めることに執着することはないですね」
——生きているその瞬間のことしか考えない、という意味で、冒険家は音楽家に似ているような気がします。
「音楽家は演奏で自分を表現する。登山家も、肉体を使って自分を表現する表現者ですよ」
(写真:幡野広志)
“デルス・ウザーラ”との出会い
2014年、服部さんはロシアの北東端・エリギギトギン湖に、やはり食料を自給しつつ徒歩で到達する旅をしています。これは、NHK・BSのドキュメンタリーとして全国放映されました。
この冒険の途中、服部さんはその地方の遊牧民の若者・ミーシャ(ミハイル)さんと偶然に出会い、行動を共にしています。土地の自然と動植物に通じ、狩猟の達人。わずかな荷物を背負い、少しも恐れることなく、人跡未踏の地を服部さんとともに進んでいける人でした。
「彼はすごいですよ。俺より何歳か若かったけれど、素直に尊敬できる。まるで、デルス・ウザーラのよう。あんな野外活動の天才が、実は地球にはいっぱいいるのかもしれない……」
シベリアを舞台とした黒澤明監督映画『デルス・ウザーラ』※2には、自然児たるデルスのお金に対する価値観が表れたシーンがあります。
過酷な調査をデルスのお陰で無事に乗り切ったアルセイニエフが、感謝の気持ちを金で表そうとするも、デルスは頑なに受け取りません。彼の暮らしに、現金は必要ないからです。どうしても受け取ってほしいと懇願され、では、と望んだものは、いくばくかの弾薬だけでした。
「デルスにとって、弾薬が食料であり、現金。それがカッコいいな、と」
※2 20世紀初頭に極東調査を行ったV.K.アルセイニエフによる著作
自分でやれば、お金は要らない
「ミーシャもそうでした。“食料は?”と尋ねると、黙って猟銃を指さした。カリブーを追って移動生活をする彼らは、基本的にモノをためこまない。食料と一緒に暮らしているようなものだから、ためこむ必要がないんです」
そんな彼らも、今では衛星放送を受信して世界の情報を得ることができるそうです。その暮らしは決して原始的なものではありません。でも、何でもお金で買い、お金がないと生きていけない私たちとは対極にあるような……。
「だから、もっとみんな、何でもやってみればいいんですよ。DIYだって、料理だって、やってみれば簡単だし、面白いんだから。俺、裁縫も好きですよ!」
なるほど、お金で買っているさまざまなモノやサービスを、自分で作り、自分の手に技術を取り戻せば、お金は要らなくなる……とまではいかなくても、そんなにたくさん要りません。なんだか、生きる自信がわいてきそうです。
「何もしないで、出てくるのを待っているのは、 “ゲスト”です。楽だけど、面白くない。長生きするのも、そのために備えるのもいいと思う。だけどその前に、生きるとは何か? 時間とは何か? 老後のためにお金を貯めるとして、それが本当に自分のやりたいことなのか? を考えて、自分なりの答えを出しておいた方がいいんじゃないかな」
普通の人が、服部さんのような生き方をすることは容易ではないかもしれません。でも、「生きる力を自分の手の中に取り戻す」ことは、お金にからめとられ、今を生きる気力を失いそうになった時、誰にとっても有効なのではないでしょうか。
服部文祥
登山家。作家。山岳雑誌『岳人』編集者。1969年横浜生まれ。94年東京都立大学フランス文学科卒(ワンダーフォーゲル部)。オールラウンドに高いレベルで登山を実践し、96年世界第2位の高峰K2(8611m)登頂。国内では剱岳八ツ峰北面、黒部別山東面などに冬期初登攀が数本ある。99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食料を現地調達する「サバイバル登山」を始める。妻、二男一女と横浜に在住。著書に、サバイバル登山のハウツー本『サバイバル登山入門』や都会でのサイバル生活を楽しむ『アーバンサバイバル入門』(ともにデコ)、2006年に発表した処女作『サバイバル登山家』(みすず書房)、最新刊の小説『息子と狩猟に』(新潮社)など多数。
『アーバンサバイバル入門』服部文祥 著
“撃って登る"登山家の「都会の猟師生活」。横浜の自宅でも猟師のような「獲って殺して食べる」を実践する。 アーバンサバイバルとは衣食住という生きるうえでの基本を、できるかぎり自分の力で作り出す試みである。