はじめに
2月は、アベノミクスの先行きを決定づける“想定内の動き”と“想定外の動き”がありました。
日本銀行の人事案は想定内でしたが、消費増税後に備えた経済対策の早期とりまとめ方針は想定外でした。10%への消費増税は再々延期ではなく、予定通り実施される見込みです。
経済対策を早期にとりまとめるのは、霞が関の立場では安倍晋三首相の増税決断を後押しするためでしょうし、安倍首相の立場では今年秋を中心とする改憲スケジュールに集中するためでしょう。
経済政策の想定内と想定外
2012年末に発足した安倍政権は、今年秋の自民党総裁選、来年夏の参議院議員選挙を乗り越えれば、次の自民党総裁選や衆院議員任期満了を迎える2021年頃まで続きそうです。アベノミクスは現在「6合目」付近に位置しており、すでに後半戦に入っているといえます。
この2月は、アベノミクス後半の方向性を決定づける2つの動きがありました。まず、想定内だったのは、政府が2月16日に国会へ提示した日銀総裁・副総裁の人事案です。
黒田東彦総裁が続投となり、副総裁も日銀プロパーとリフレ派の学者で占める構図に変わりありませんでした。安倍首相が早期の金融政策変更を望んでいないことを示唆する人事案といえます。
一方、想定外だったのは、安倍首相が2月20日に経済財政諮問会議で指示した、消費増税後・東京五輪後の需要減に備える経済対策の早期とりまとめです。
消費増税実施がメインシナリオに
政府は消費喚起策やインフラ整備計画を今夏までにとりまとめるようです。今秋に行われる見込みの増税判断にも大きな影響を与えるでしょう。素直に考えれば、10%への消費増税は再々延期ではなく、予定通り2019年10月に実施される確度が高まっています。
むろん、増税対策を策定するからといって、再々延期のリスクがなくなるとまではいえません。2015年秋に増税対策として軽減税率導入を決定したにもかかわらず、2016年春に再延期を決断した例もあります。ただ、再々延期は少なくともメインシナリオではなくなりました。
安倍首相は参院選圧勝を目指していない?
もともと筆者は、10%への消費増税が再々延期されると予想していました。増税判断の翌年に参院選を控えているためです。
これまで、安倍政権は野党との争点をつぶすことで、国政選挙において与党で3分の2近くを確保する圧勝を続けてきました。消費増税凍結を主張する野党が多い中、2019年の参院選でも選挙の争点をつぶすべく、増税の再々延期を宣言するとみていました。
ですが、今夏までに増税対策がとりまとめられるならば、増税は実施される可能性が高いです。安倍首相は参院選圧勝に必ずしもこだわっていないようです。
理由は憲法改正でしょう。安倍政権は2018年中に憲法改正の発議を目指しているとみられ、次の参院選で圧勝する必要性が乏しくなっているのかもしれません。
憲法改正は安倍首相の悲願で、政権を運営するうえで最も優先度が高いと考えられます。スケジュール的には、改憲の発議は2018年夏から年末までの間、国民投票はその約2~3ヵ月後ずれで進行する見込みです。
一方、消費増税判断はちょうど改憲スケジュールの真っ只中、2018年秋頃に行われる見込みです。もし安倍政権が消費増税の再々延期を決断すれば、改憲に集中すべき政治的エネルギーを奪われることになります。
増税に過大な対策を施し、後戻りできず
政府は10%への増税対策として、今夏にとりまとめる経済対策のみならず、すでに軽減税率の導入や、人づくり革命(教育無償化)への使途変更を決めています。
仮に増税再々延期となれば、さまざまな経済対策が反故になるか、もしくは将来世代への負担先送り(借金)が膨らむことになります。与党内から批判を浴びるでしょうし、野党にも格好の攻撃材料を与えることになります。
それにしても、政府は消費増税に対してあまりにも「対策」を施し過ぎています。2%分の税率引き上げで、本来4.3兆円程度の国税収入増となるはずでしたが、軽減税率導入で1兆円程度の税収が恒久的に失われ、人づくり革命で1.7兆円程度が教育無償化へ恒久的に支出されます。
今夏とりまとめ予定の経済対策が発動されれば、短期的には基礎的財政収支(プライマリーバランス)の改善分が吹き飛ぶ可能性もあります。まさに、何のための消費増税か、わからなくなっていますが、二重・三重の「対策」を事前に決めてしまっていますので、後戻りしづらくなっています。過大な経済対策の結果、財政健全化というよりも「大きな政府」が実現しつつあります。
増税後に備えた経済対策を早くも今夏にとりまとめるのは、増税を推進したい霞が関の立場では首相の増税決断を後押しするためでしょうし、安倍首相の立場では今年秋を中心とする改憲スケジュールに集中するためでしょう。いずれにせよ、今夏に経済対策がとりまとめられるのであれば、10%への消費増税はそのまま実施される可能性が高いです。
(文:SMBC日興証券 シニア財政アナリスト 宮前耕也 写真:ロイター/アフロ)