はじめに
3月22日、ドナルド・トランプ大統領が中国による知的財産権の侵害を理由に、中国からの輸入品に対して高関税をかける措置を発表すると、貿易戦争に対する懸念が強まって為替市場ではリスク回避の円高反応となりました。
さらに翌23日には、ハーバート・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当、写真左)の解任が伝えられ、後任に対外強硬派のジョン・ボルトン元国連大使が就任すると報じられたことがドル売り材料となると、ドル円は約1年4ヵ月ぶりの安値を断続的に更新。そのまま心理的節目の1ドル=105.00円も割り込んで、104.64円まで下落しました。
足元、ドル円は106円台を回復し、ドル安円高傾向が一巡したようにも見受けられますが、この先のドル円相場について、どのように考えればいいのでしょうか。
“勢い”と“心理”が支配する状況
104円台まで下落する過程において、ドル円相場は経済指標等のファンダメンタルズ(基礎的要因)ではなく、リスク回避を主語としたモメンタム(勢い)やセンチメント(市場心理)が支配的な状況となりました。テクニカル的に1年4ヵ月ぶりの安値を割り込んで下落基調が鮮明になったことも、ドル売り円買いが進む要因となったようです。
再び105円を割り込むような動きとなった場合、テクニカル的なドル円の下値のメドとしては、(1)2016年以降の安値とその後の高値の76.4%押しである103円台半ば、(2)2016年11月9日、米大統領選挙翌日にトランプ大統領当選の一報が流れた瞬間の安値である101.19円、(3)心理的節目100.00円などが挙げられます。
100.00円や101.19円近辺には、200日移動平均線からのマイナス10%乖離(99.85円、下図)や月足一目均衡表の雲下限(100.95円)などのテクニカルポイントも集中しています。
目先は、トランプ政権の強硬的な通商政策に再び焦点が集まる可能性があり、テクニカル的な下落トレンドも終了したとはいえない状況下、再び1ドル=100円近辺のテクニカルポイントを目指してドル安円高が加速する可能性もあります。
外貨買いの好機になる
しかし、みずほ証券投資情報部では、これ以上の円高局面はそう長続きせず、中長期的には外貨買いの好機になるのではないか、と予想しています。
というのも、本来、為替相場は通貨の価値をはかる相場であることから、経済のファンダメンタルズや金融政策などを反映する傾向が強いのですが、足元のドル円相場は前述の通り、ほとんどこれを反映していない状況だからです。
振り返ると、この傾向は2018年に入って強まっているように思えます。
1月には「国債購入額減少による日銀の金融緩和縮小観測(後に否定)」や「中国による米国債購入減額報道(後に否定)」「欧州中央銀行(ECB)がフォワードガイダンス(将来の金融政策の方針)の緩やかな変更を検討」などがドル売り材料となりました。
2月には、米国株が一時急落するなど金融市場の緊張が高まったことが、リスク回避の円買いにつながりました。さらに3月には、トランプ政権の強硬的な通商政策に対する懸念や政権中枢で辞任や更迭が相次いだことなどが、ドル売りとリスク回避の円買いにつながっています。この間、経済指標や金融政策はほとんど材料視されませんでした。
ファンダメンタルズは良好
そのファンダメンタルズを確認すると、年初から発表されている米国の経済指標はおおむね良好な状況が続いていますし、今後も続く見込みです。
実際、3月20~21日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)では、0.25%の利上げが実施され、年内あと2回程度の利上げも示唆されました。加えて、2019年および2020年の政策金利(利上げ回数)予想は、昨年12月のFOMCの時よりも上方修正されています。
米連邦準備理事会(FRB)がFOMCで示した米国の経済見通しでは、2018年と2019年のGDP(国内総生産)予想が上方修正され、失業率は2020年にかけて改善方向へと修正されています。個人消費支出(PCE)価格指数もコアを含め2018年の予想は据え置かれたものの、2019年と2020年は小幅に上方改定されました。
総じてみれば米景気の回復は継続、物価は比較的緩やかな上昇となり、これに合わせて緩やかなペースでの利上げが継続する、といった見方が示されています。
政府もこれ以上の円高は避けたい
一方、日本経済にとっては、足元の円高が悪影響を及ぼす可能性があります。
3月2日に公表された内閣府の企業行動に関するアンケート調査によれば、中堅輸出企業の採算為替レートは106.40円、上場輸出企業では100.60円となっています。1ドル=100円もの円高が視野に入る状況ともなれば、多くの企業が採算割れとなり、株価のみならず、雇用や消費、物価などに悪影響を及ぼすおそれが強まります。
政府・日本銀行にしても、来年に消費増税を控える中、このような事態は避けたい状況と考えられます。
リスク回避の円高そのものが日本の経済に打撃を与え、その後リスク回避ムードが後退すると、弱い日本のファンダメンタルズが残って逆に円安が進む、といった結果となるかもしれません。
目先は、「リスク回避」を主語としたさらなる円高の可能性も残されていますが、ファンダメンタルズを無視した動きは長く続かないだろうと予想しています。勢いに任せてもう一段の円高となれば、中長期的には外貨の買い場になるのではないかと考えています。
(文:みずほ証券 チーフFXストラテジスト 鈴木健吾 写真:ロイター/アフロ)