はじめに
前回の筆者記事で、マーケット関連の各種報道のトーンが変わり始めたようだとお話しましたが、世界貿易戦争勃発の可能性を指摘していた円高論者たちは1ドル=111円台というル円の回復を受けて一掃されました。
引き続き、米国の保護貿易姿勢やドナルド・トランプ大統領の発言に対する懸念は残っているものの、米国の経済指標が非常に好調であることから、市場の目は米国のファンダメンタルズと利上げに移ってきていると思われます。
この先に“波乱の芽”は潜んでいるのでしょうか。そして、それが顕在化するとすれば、Xデーはいつなのでしょうか。
再び高まる米利上げ観測
6月1日に発表された5月の米雇用統計は、注目される3項目(米非農業部門就業者数、米失業率、米平均時給)がすべて強い内容でした。
イタリアの政局不透明感やスペインのラホイ首相への不信任案可決を理由に、円高論者が息を吹き返し、一時は米利上げ見送り論まで出てきていましたが、今回の米雇用統計で、6月14日(米国時間)に予定されている米FOMC(連邦公開市場委員会)での利上げ観測が再び強まってきています。
日本を巻き込んだ貿易戦争論が浮上
ここで、これまでのドル円相場を取り巻く環境の変化をおさらいしておきましょう。5月17~18日の米中閣僚級通商協議を受けた19日の米中共同声明で、米中貿易戦争勃発懸念はいったん払拭されました。
しかし、トランプ大統領は間髪入れずに5月23日、「SUVやバン、小型トラックなど自動車ならびに自動車部品の輸入が通商拡大法232条に規定されたような形で国家安全保障を損ねる恐れがあるか、米商務省に調査を命じた」と発表。今度は日本を巻き込んだ貿易戦争論が浮上しています。
これ以降、ドル円は1ドル=111円台から108円台まで下落しました。
通商拡大法232条とは、国家安全保障を理由に貿易相手国に対する制裁を可能にする米国の法律です。ある特定の輸入品の増加が米国の脅威になっていると判断した場合、関税の引き上げや輸入量の割り当てを導入できるようになります。
実際は、商務省が調査を行い、大統領に報告書を提出。その後に、実際に輸入制限を発動するかを大統領が判断するため、手続きには時間がかかるといわれています。
次のXデーは商務省の結果発表日?
すでにアルミニウムが国家安全保障上の問題で追加関税を導入していますが、その理由についてウェルバー・ロス米商務長官は、「米の軍用機には高純度のアルミニウムが使われている。国内に安い輸入品が大量に出回ってしまうと、戦時に米国内の製造業者が国防省の要求に応えられない可能性があるためだ」と発言しています。
今回、トランプ大統領やロス商務長官は、輸入自動車をどのような理由で国家安全保障上の問題と結びつけるのでしょうか。
米商務省の調査結果はまだ発表されていませんが、5月23日以降の為替市場の反応を見ると、次に円高論者が湧き出てくるのはこの調査結果が発表される時かもしれません。その日が来るまでは、平穏な「投機に飽きたからファンダメンタルズ」相場であって欲しいものです。
(文:大和証券 チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄)