『21世紀の楕円幻想論——その日暮らしの哲学』(ミシマ社)の刊行を記念して、著者の平川克美さんと能楽師の安田登さんのトークイベントが行われました。著書の中で会社をたたみ、借金返済のために家を売り、全財産を失ったことを告白された平川さんと安田さんにある共通点が明らかに。少し過激ですが、思わず納得してしまう、おふたりの独自の視点が詰まった貨幣論を一部お届けします。


お金はもらうもの、もらって生きることは修行

安田:先日、アーツカウンシル東京の助成で「イナンナの冥界下り」のヨーロッパ公演をしたんです。海外公演では国際交流基金から飛行機代などの助成金をもらうんですけど、落ちちゃったんですよ。落ちちゃうと十数人分の飛行機代、宿泊代、日当がないわけで、どうしょうってなって。

じゃあ、クラウドファンディングがいいんじゃないかって言われたんだけど、それは嫌で。なぜかって言うと、クラウドファンディングってだいたいお返しが書いてあるじゃないですか?もらいたいけどお返ししたくない(笑)。

平川:なるほど。

安田:で、結局、自腹で300万円くらい払ったんです。僕は貯金しない主義なので、そんな大金あるはずないんですが、偶然、今回2冊の本がすごく売れて、その2冊の印税プラス100万円くらいで、ちょうどまかなえました。

平川:えっ!安田さん、貯金ないんですか?

安田:ないんです。一切貯金しない主義なんです。だから、下手すると家賃も足りなくなったりして。

平川:いや〜うれしいですね〜。こないだ僕も残高不足で通帳から保険料の振替ができなくて(笑)。

安田:いいですね〜(笑)。だけど、足りないと気づいたときにはやっぱり半日くらい落ち込んだんです。それで落ち込んだ後に、この意味は何なんだ、なぜ今これだけのお金が出て行くんだと考えたんです。僕はずっと心の時代が終わった後、次に何が来るのかということを考えていたんですが、その時にすごく興味があったのが"貨幣"なんですよ。

そして、心の次の時代では貨幣もなくなるかもしれない、今、純粋な意味での新しい貨幣を作るのはすごくむずかしいんじゃないかということを何度も考えていたんです。

平川:僕は最終的にはベーシックインカムしかないと思っているんですが、安田さんが著書『あわいの力』に書かれていたお賽銭形式はありだと思っています。

安田:よく投げ銭と間違われるんですが、もし投げ銭でトークショーをやった場合、良かったと思う人は多く入れて下さいと評価される対象になりますよね。お賽銭はそうではないんです。

平川:何ですか?

安田:お賽銭は「お祓い」と同じで「はらう」という行為。それをはらう人が身銭を切るだけの話です。

平川:功徳を積むってことですね。僕も経済的に苦しくなった時に悟りを開いたんですよ。金というのは借りちゃいかんと。もらわなきゃいけないと。

安田:そうなんですよ!

平川:お金をもらうということの含意は何かというと、修行するということなんですね。托鉢は修行中ということでお金を稼ぐことを禁ずるわけです。

その代わりに家々を回り、お賽銭をもらうわけですよ。それで渡された時に「あなたに功徳がありますように」と言って、もらっておきながらお礼は言わない。

これだな!と思ったんです。でもね、お金を他人からもらって生きていくのは大変なことですよ。これが出来るようにちゃんと設計したり、相当の気合いを入れないと出来ないです。

安田:今回の海外公演ではトークショーなどの場面で「実は公演のお金がないんで、企業の方たち、お金くれませんか?」と言ったんですよ。そしたらね、払い込んだという連絡もなしにかなりの金額が入ってきました。でね、最初にそれを言う前に「お礼は一切ありません」と言いました。

平川:「お礼は一切ありません」って上から目線で偉そうじゃないですか。でも、それが大事なんですよ。もらう人は下手に出ちゃダメなんです。もらって生きるって修行ですから。お前、そろそろ金の出し時じゃねえか?と。そういう人間を10人見つけて、月1万円、2万円もらえたら御の字ですよね。