はじめに

開幕まであと2年足らずに迫った東京五輪・パラリンピック。今年の夏はうだるような暑さが連日続いたことで、2020年7月24日に開会式を迎える同五輪の猛暑対策の必要性が一段とクローズアップされています。

そこで対策の一環として浮上したのが、欧米では広く定着しているサマータイム制度の導入です。ところが、ここへきて、その動きに逆風が吹き始めました。欧州各国がサマータイム廃止へ舵を切っているのです。


欧州でサマータイムが広がった事情

サマータイム制度の最大のメリットは省エネ。日照時間の長い夏に時計の針を進めれば空が明るいうちに仕事を終えることができるため、照明をつける必要がなくなるというわけです。賛成派からは、勤務後の明るい時間にレジャーを楽しむ人が増えて消費が活発化するなど、景気刺激効果に期待する声も聞かれます。

東京五輪のマラソンのスタート時刻は午前7時の予定。時計の針を2時間進めると、スタートの号砲が鳴るのはサマータイムを取り入れなかった場合の午前5時に相当することになります。このため、サマータイム導入論者は「選手の体への負担も軽減されるはず」と主張します。

そもそも、公の場でサマータイムの考えを最初に言い出したとされるのは、米国の政治家ベンジャミン・フランクリンです。

1784年にフランスの日刊紙「ジュルナル・ドゥ・パリ」への寄稿で、ロウソクを節約する目的で導入を提唱。これを支持しない人に対しては、日の出とともに協会の鐘を鳴らし、さらにすべての通りで大砲をぶっ放して怠け者を叩き起こせといった過激な案を打ち出しました。

その後、欧州各国が実際に導入へ踏み切ったのは1916年。第1次世界大戦のさなかでした。ドイツが先陣を切り、英仏両国が追随。石炭の節約が狙いでした。

第2次大戦後には多くの国が廃止しましたが、1970~1980年代になると再び、欧州連合(EU)各国が導入へ動き始めました。きっかけは第1次オイルショック。1990年代後半からはすべてのEU加盟国が3月の最終日曜日に時計の針を1時間進め、10月の最終日曜日に元へ戻すことで足並みをそろえました。

パブコメで84%が廃止を支持

サマータイムが浸透しているはずのEU域内で廃止機運が最近になってにわかに高まったのは、フィンランド、スウェーデン、リトアニア、ポーランドなど北側に位置する国々を中心に廃止を求める声が強まってきたためです。ドイツ、オランダなどでもこれに同調するムードが台頭しています。

欧州北部の高い緯度の国で暮らす人々は日照時間の長い夏を過ごしているだけに、そもそもサマータイムにさほど意味がなく無駄なコストを増やすだけと受け止めているようです。オランダでは昨年10月、4万人超のサマータイム廃止を求める署名が集まり、フィンランドでも廃止に署名した人の数が7万を超えました。

こうした流れを受けて、EUの行政執行機関であるEU委員会は域内の市民を対象に、今年7月初旬から8月中旬にかけて廃止の是非を問うパブリック・コメントをネット上で公募。460万人から意見が集まり、そのうち84%が廃止を支持するという結果が明らかになり、EU委員会は欧州議会と欧州理事会に対して、夏時間か冬時間のどちらかに一本化して変更しないよう求めました。

EU委員会が8月末に公表した報道資料によると、サマータイムを維持すべきとの回答が廃止すべきとの答えを上回ったのは加盟28ヵ国のうち、ギリシャとキプロスの2ヵ国のみ。フィンランドとポーランドでは廃止支持が全体の95%に達しました。

効果はあるのか、ないのか

廃止を唱える人たちの多くが理由として真っ先に挙げるのは、健康面への悪影響です。冬時間から夏時間、あるいは夏時間から冬時間へ切り替わるたびに体内時計の狂いが生じて、睡眠不足に陥りやすいとの指摘が少なくありません。それによって交通事故が増加することなども報告されています。

省エネの効果が限定的とみられているのも、廃止派を勢いづかせています。欧州議会調査局(EPRS)がまとめた2017年にまとめた報告によると、サマータイムによるエネルギーの削減効果はEU各国で0.5~2.5%との結果が出ています。

ただ、今回のパブリック・コメントの公表結果をめぐっては、「サマータイムの影響に関する科学的な検証が必要」との反論があるのも事実です。回答者数が460万人に上ったことについて、「これまでで最も多くの回答を得た」とEU委員会は強調していますが、ネット上には「回答者はEU域内の人口約5億人の1%にも満たない」といった批判的な書き込みもあります。

回答率も加盟国ごとに開きがあります。ドイツでは人口に占める回答の割合が3.79%に達しましたが、EUからの離脱(ブレグジット)を決めている英国では0.02%にとどまりました。

日本での議論も立ち消えに?

では、日本への影響はどうでしょうか。

フランスの高級紙「ル・モンド」のフィリップ・メスメール記者は「省エネ効果がたとえ限定的でも見込めるのであれば、EUではサマータイムを維持したほうがいい」としながらも、日本での取り組みに関しては「五輪やパラリンピックのためだけに導入するというのはおかしな話」と一蹴します。

産業界の一部も「エンジニアの数が不足しており、技術面での対応が五輪には間に合わない」などと強い難色を示しています。政府の姿勢もEUでの動きを見据えているのか、ひところに比べると後退した感が否めず、日本での議論は立ち消えになってしまう可能性もありそうです。

(写真:ロイター/アフロ)

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