はじめに

特別養子縁組で当時2歳半の聡くん(仮名)の母親になった鎌田良美さん(現在49歳、仮名、東京都在住)。前回記事:児童相談所を介して2歳半の男児を迎えた家族のケース

現在は落ち着いた日々を送る鎌田さんですが、聡くんを迎えた当初は、さまざまな戸惑いがあったそうです。子どもの行動、ママ友との関係、そして真実告知……。

今回は、鎌田さんが聡くんと暮らすようになった当初の葛藤と、それをどう乗り越えたかについて、児童相談所や民間支援機関のフォロー体制を含めてお伝えします。


子どもの行動は自身のせいなのか、発達の問題なのかと悩む

鎌田さんが聡くんと暮らし始めてしばらくして戸惑ったのが、聡くんの自己主張でした。家の中では「抱っこ抱っこ、おんぶおんぶ」と一瞬の隙なく愛情を求め、一歩外出すると電車の中を走ったり、道路の真ん中で「もう歩きたくない!」と大の字になって訴えるようになりました。初めての子育てだったこともあり、こうした聡くんの行動の一つ一つに鎌田さんはストレスを感じたそうです。

「いままで夫婦2人きりの生活でお互いのペースがある中に、一つの思考する存在がドーンと入ってきたという感じでした。言葉は通じているけど、世間のことはまだ理解していない存在が子どもだということを頭ではわかってはいたんですが……。世の中のお母さんたちは、こんなに大変なことをしていたのか……と改めて思いました」

自身の思いのままに自由な聡くんの行動は、一般的な子育ての悩みの延長に思えます。しかし当時の鎌田さんにとっては、知り合って間もないからなのか、自身の接し方のせいなのか、子どもの発達の問題なのか、イヤイヤ期のせいなのか、社会的養護の子どもの特徴なのか等の理由が分からずに、悩んだといいます。

「会った大人のどの人にも抱き付きにいく行動がみられることも気になりました。歓迎してくれる人はいましたが、当然、当惑したような表情をする人もいました。どんな大人にもベタベタとするのは、社会的養護の子が抱える愛着障害の症状なのではないかと……」

乳児院や児童養護施設で暮らした時間が長い子は、愛着に問題を抱えているケースもあります。しかし、こうした社会的養護に特有の事柄は、ママ友には相談できません。そんなとき頼りになったのが、民間支援機関の専門職の存在でした。

児童相談所を通しての特別養子縁組は、児童相談所をはじめ、地域によっては乳児院やNPO法人などの民間支援機関のフォロー体制があります。鎌田さんの話を親身に聴いてくれ、発達や社会資源との繋がりの観点から的確なアドバイスをくれたのは、ふだんは児童相談所に勤務する民間支援機関の社会福祉士でした。おかげで、鎌田さんは聡くんの行動を自然に受け入れられるようになったのだそうです。

「どこの病院で産んだの?」と病院を聞かれるのが一番怖い

ママ友との付き合いにも戸惑うことが多かったといいます。通常、ママ友とは新生児の際の健診などを通して知り合います。しかし鎌田さんの場合、突然、2歳半の子どもを迎えたために、ママ友がまったくいない状態でした。

「もっと小さいときに迎えていたら何か月健診などで会い、仲良くなることもあるのでしょうけれど、2歳半になっちゃうと、すでにママ友のコミュニティができあがっている。児童館とかに行ったりはしたのですが、そこには大きな壁があって入れないというか……」

そのうち聡くんは幼稚園に入り、ママ友ができるようになった鎌田さん。しかし積極的に聡くんとの親子関係については伝えていないそうです。「信頼できるママ友に伝えたいと思うときもあるのですが、せっかく盛り上がっているおしゃべりの途中で私の親子関係のことへの口火を切ると、引いちゃうかなという気落ちもあります。友人に言うタイミングって難しいなと思うんです。特に日本社会での特別養子縁組は、アピールするわけでもなく、隠すわけでもないという離婚と同じように微妙な立ち位置にあるものなんだと思います」と鎌田さんは話します。

ママ友との話で困るのは、出産したときの話だそうです。「出産をしていないので『どこで産んだの?』という病院について聞かれるのが、一番怖い。でも嘘だけはつかない前提にしているので、もしも聞かれたら子どもが実際に生まれた地方都市のことを言っています。ざっくばらんに特別養子縁組の経験をしゃべっている方もいるようですが、私もそういうふうになりたいと思いつつ、実際にはなかなかできないことではあります」

そんな鎌田さんの頼りになったのは、月に1程度、児相などで開催されている養親サロンの存在でした。養親サロンは、児相のほかにも養子縁組里親を支援する民間支援機関、子どもが過ごしていた乳児院などで開かれ、養親ママたちの集いの場になっています。

「児相を介しての特別養子縁組の良さは、養親サロンが充実していることですね。話を聞き合える仲間との繋がりも多くあって本当に頼りになるし、私が参加した養親サロンには臨床心理士や社会福祉士などの専門職も入ってくれていたので、何か専門的な相談があったときには助けてもらえると思うと心強かったです」

ご近所さんには、どう説明したのでしょうか。鎌田さんの場合、近所の人とはそれほど付き合いはありませんでしたが、隣家には、特別養子縁組で子どもを迎えたことをはっきり説明したといいます。また子どもの声などでご迷惑をかける可能性のあるマンション階下の部屋には出向いて「子どもがきましたので、よろしくお願いします」と挨拶をしに行きました。「そうですか」と言ってあえてそれ以上は何も聞かない人、「音がするから、そうなんじゃないかと思っていたわ」と言ってくる人……。ご近所の反応はさまざまだったそうです。

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