はじめに
株式市場に参戦している個人投資家の間で根強い人気を集めているのが、バイオ関連株です。新薬開発絡みの材料を手掛かりに急騰劇を演じたことなどもあって、短期の値幅取りを狙う資金などを呼び込みやすい面があります。
制がん剤、エイズ、iPS細胞関連などと位置付けられた株が集中的に取り上げられたこともありました。筆者がかつて個人投資家向けの雑誌やWebサイトの編集に関わっていた時にも、バイオ関連やゲーム関連銘柄に対する読者の方々の関心の高さを幾度となく実感させられました。
“ノーベル賞好き”の日本株市場
「バイオ関連株の活況相場再来のきっかけになるのではないか」と“ファン”の一部の期待するニュースが先月初め、株式市場だけでなく世界中を駆けめぐりました。京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授のノーベル医学生理学賞の受賞です。
日本の株式市場はなぜか“ノーベル賞好き”。日本人のノーベル賞受賞は本庶氏で26人目です。欧米諸国を除くと最多の人数ですが毎年、ノーベル賞シーズンになると予想される受賞者の名前が取りざたされて関連銘柄が動意づきます。
その一例がノーベル文学賞です。選考機関関係者のスキャンダルで今年の発表は見送られましたが、ここ数年にわたって村上春樹さんの受賞の観測が流れ、それに伴って某書店チェーンの株価が短期的に値上がりしていました。
同社株に物色の矛先が向けられるのは、時価総額が小さく、目先筋の思惑買いなどを誘いやすいからです。しかも、これまで文学賞発表とほぼ同時期に会社側が業績予想の下方修正に踏み切るケースも多かったためか、「10月高値後に急落」というパターンを繰り返していました。この“クセ”を見抜いた投資家のターゲットにされていた面もあったのでしょう。
実は本庶氏も、株式市場では候補者として何度も名前の挙がっていた研究者の1人。今回のノーベル受賞理由は「免疫の働きの低下を防ぐ新しいがん治療法の発見」です。関連銘柄の本命といえば、小野薬品工業。本庶氏らの研究チームの成果を基に小野薬品が開発し、販売へこぎつけたのが、がん免疫治療薬の「オプジーボ」です。
ノーベル賞は小野薬品にプラス?
オプジーボは小野薬品にとって、まさに“成長ドライバー”。もともとは悪性黒色腫の治療薬として承認され、2014年に販売が始まりました。その後は適応拡大が収益増を後押し。株価は2016年4月に上場来高値5,880円まで上昇しました。
本庶氏のノーベル賞受賞は株価が高値を付ける過程で、ある程度織り込んでいたように思えます。実際、受賞が報じられた翌日(10月2日)の株価は前日比98円高にとどまりました。
市場関係者には「思ったよりも受賞の株価に対するインパクトは乏しかった」との受け止め方が少なくありません。株価はその後も軟調な展開。10月29日終値は2,481円と、昨年11月末以来の低い水準まで値を下げています。
もっとも、業績は今2019年3月期も好調持続の見通しです。本業の儲けを示す営業利益の会社予想は前期比約1%増の615億円。これに対し、東海東京調査センターの医薬品・医療機器業界担当の赤羽高アナリストは675億円を見込んでいます。
「市場獲得競争が今後本格化するとみられる中国では“ノーベル賞神話”があるため、受賞がオプジーボの需要に対してプラスに働きそう」(赤羽氏)
1980年代と今回との違い
バイオ関連株相場というと、市場関係者の間で有名なのが1980年代半ばの活況場面。「制がん剤」を手掛かりに関連株物色の裾野が広がりました。
大相場のリード役となったのは持田製薬株です。岡山大学との制がん剤「OH-1」の開発が材料視されて人気化。1984年3月に2,500円台だった株価は、10月に1万6,600円までハネ上がりました。当時存在していた50円額面の株式としては最も高い株価でした。
ただ、それと同じように、小野薬品を突破口にしてバイオ関連株全体の人気に火が付くと見るのは早計かもしれません。
株式市況の実況放送サービスを行うストックボイスの岩本秀雄副社長によると、1980年代半ばは「証券筋によるインサイダー情報を基にしたバイオ関連株の相場形成が行われていた時代。一部の証券専門紙も真偽のほどが定かでない薬効などに関する記事を連日のように掲載していた」。
当時は証券マンに取材すると、「クスリを反対に読むと何か。バイオ株っていうのはそういうもんだ」という話も頻繁に聞かされました。東海東京調査センターの赤羽氏は「新薬の臨床試験のフェーズ1やフェーズ2の段階の情報を手掛かりに買いを入れたが、結局、実用化されないといったケースも少なくなかった」と振り返ります。
一方、小野薬品のオプジーボはすでに収益貢献している製品。つまり、「理想買い」というよりも、むしろ「現実買い」の側面が強いともいえます。となると、連想買いの広がりも限定的でしょう。熱狂的な盛り上がりへの夢を関連株に託して安易に飛びつくのは、ちょっと「リスク」がありそうです。