はじめに

特に一等地では"家族の内"へ向かう日本の家族文化

日本では殺人事件の発生件数は減少している一方、家族・親族間の殺人事件の割合は全体の54.3%(平成28年)と半数を超えた状況が続いています。

日本の家族文化は内向きです。

「引きこもり」が、欧文で"HIKIKOMORI"と表されることも、日本の家族問題が、家族の内に向かいやすいという特性を端的に示唆しているとも言えるでしょう。

「世間様」に「顔向けできない」と家族の問題を内に抱え込む。「ご近所様」の目が気になり「体裁」を取り繕い、そうしてなんとかバランスを保ってきた家庭で起きる突如の爆発であったり、子どもが生涯抱える苦しみであったり。

それらはどこの家庭にでも起き得ることですが、こと一等地に住む、いわば世帯収入の高い家庭に特筆すれば、特にその「内に抱え込む」傾向が強くなりがちなのです。

それは世間をより気にせざるを得ない家庭であるがゆえ、恵まれた幸せそうな家庭と周囲にイメージされているがゆえ、また近所にもそうした家庭が多数を占めるがゆえです。

子どもの視点に立つと、往々にして親の社会的地位・信頼が高い。そのため家庭に息苦しさや問題を抱えていて、学校の先生など周囲の大人や友だちへSOSを出したくても「まさかあの親御さんが」という反応をされることを恐れます。実際にそうした反応を受けてもいます。

それを繰り返すことで「助けを求めても無駄だ。どうせ言っても誰にも信じてもらえない」と諦めていってしまうのです。

心理学で<学習性無力>といわれるものがあります。子どもの辿るこうした過程は度重なる「まさか」「信じてもらえない」「言っても無駄だ」によって“学習”された“無力”感なのです。

いつ「対岸」へ転ずるかわからない対岸の火事

2015年に閉館された「こどもの城」は東京都渋谷区神宮前五丁目にあり、区は異なりますが、件の「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)」の建設予定地とはごく近い場所にありました。

こちらは閉館を惜しまれ、閉館前には多数の親子が押し寄せました。その一因は現在の子育て世代が子どもの頃に馴染みのあった場所でもあり、また「子どもの遊び場」として明るく平和なイメージのあった場所であったからではないでしょうか。

しかしながら時代や福祉・公的制度の変遷があるとはいえ、「港区子ども家庭支援センター」と「こどもの城」の役割や目的は、実は大きく違うものではありません。

ママ友ランチ会で、夫や子どもの愚痴に花を咲かせているあなたの隣で俯いている彼女は、もしかしたら家庭という密室で、夫からモラルハラスメントを受けているかもしれません。人様からは見えにくい場所、服の下に家族から受けた暴力の跡を隠しているかもしれません。

また、あなたや家族の誰かが病気や事故で中途障害を負うこと、働けなくなることもあります。離別や死別でひとり親家庭となることも。人生、良くも悪くも予測だにしないことが起きるものなのです。

子どもの私立校受験についてママ友と情報交換はできたとしても、そのママ友はあなた個人のつらい気持ちや本音を打ち明けられる相手ですか? 親身に聞いてくれ、いざとなったら力になってくれる、頼れる相手でしょうか。身内の暴力から着の身着のままで逃げなければならないときに、裸足で子どもを抱くあなたを匿ってもらうことはできますか?

不穏なものを排斥するが如く建設反対の声が上がっている「港区子ども家庭支援センター(仮称)」。

南青山という一等地と呼ばれる地域にこそ、かえって必要な施設ではないか。筆者はそう考えています。

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