はじめに
パートで働くSさんは、勤務先の不可解なルールに疑問を持っています。それは残業代が30分毎で、25分働いても切り捨てられてしまうこと。
店長にそれとなく話すと、「会社の決まりだから俺に言われても…」と逃げられてしまいます。Sさんは「それなら15分残業しても30分ってことにしてくれ」と頼んだそうですが、「それはできない。残りの時間を働けば良い」とのこと。
結局我慢している状態ですが、早く帰りたいときもあります。このように残業代を30分毎に区切り、未満を切り捨てることに法的な問題はないのでしょうか? 琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に見解を伺いました。
切り捨てに問題はないのか?
川浪弁護士:「労働基準法は『賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない』と規定しています(第24条1項本文)。
これを『賃金全額払いの原則』といいますが、この原則がありますので、使用者は、残業代についても労働した時間分を全て支払わなければならず、同原則に違反した場合には『30万円以下の罰金』に処される可能性があります(労働基準法第120条1号)。
したがって、残業時間を30分毎に切り捨てることは、上記の原則に違反して無効となります。仮に、契約書や就業規則において残業時間を30分毎に計算する旨が明確に規定されていたとしても、労働基準法第24条1項は強行規定(当事者間の合意の有無を問わず適用される規定)ですので、上記の原則に違反して無効になるという結論に変わりはありません。
残業時間は1分単位で計算するのが原則であり、残業時間の切り捨てについて唯一認められている例外は、『1ヶ月における時間外労働、休日労働及び深夜業の其々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること』だけです。この例外は、厚生労働省の通達によるものです(昭和63年3月14日基発第150号)。
上記の通りですので、使用者(会社)は、タイムレコーダー(タイムカード)等の1分単位で労働時間を記録する勤怠管理システムを導入することが望ましいと思います。
なお、相談事案のように30分毎に残業時間を計算し、それに満たない場合には切り捨てるという運用では、労働者が必要もないのに残業する可能性があります(ただし、使用者が残業代を軽減すべく、30分に至る前に退社を強要することが多いと思われるので、その可能性は低いでしょう)。
たとえば、本来20分の残業で終わる作業を30分かけてやるようになり、その結果、本来は20分の残業代しか支払わなくてよかったのに30分の残業代を支払わなくてはならなくなるという事態が想定されます。
そのため、上記のよう30分単位で残業代を計算することは使用者にとっても望ましいとはいえません。このような観点からも、使用者は残業時間を適切に管理して、1分単位で正確に残業代を支払うべきでしょう」。
やはり働いた時間を切り捨ててしまうことは問題で、違法になる可能性が高いようです。
どうすればいいのか?
問題があることはわかりましたが、法律を守らない経営者がいることも事実。Sさんはどのようにして不当性を主張すれば良いのでしょうか?琥珀法律事務所の川浪芳聖弁護士に見解を伺いました。
川浪弁護士:「本件のような場合、賃金全額払いの原則に違反することは明らかです。この場合、どこに不当性を訴えればよいかということについては、労働者の目的次第だと思います。
労働者が勤務先の制度の運用を希望しているのであれば、労働基準監督署に申告・相談するのがよいでしょう。弁護士への相談・依頼という選択肢もありますが、弁護士費用がかかることを踏まえると、労働基準監督署への申告・相談した方が経済的な観点から望ましいといえます。
他方で、切り捨てられた残業時間分の残業代を請求したいということであるならば、弁護士への相談・依頼を積極的に検討してよいと思います。ただし、切り捨てられた残業時間分の残業代が僅少な場合や証拠が乏しい場合には、弁護士が受任できないこともあり得ます。
相談にあたっては、30分未満の残業時間が切り捨てられている証拠(就業規則や委任契約書、タイムカードの写し、実際の労働時間を証明する資料(手書きのメモや業務時間を推認させるメールの写し)、給与明細書など)を持参するのがよいと思います」。
どうしても納得いかない場合は、証拠を集めて、労働基準監督署に申告・相談してみましょう!
取材協力弁護士: 川浪芳聖(琥珀法律事務所。些細なことでも気兼ねなく相談できる法律事務所、相談しやすい弁護士を目指しています。)
取材・文:櫻井哲夫