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膠着する米中問題、人民元の動きに注目すべき理由

再びチャイナショックは起こるか

米中の経済対立が深刻化しています。すでに実施された措置に加え、米国では第4弾である約3,000億ドル分の制裁関税が検討され、中国大手通信機器メーカーへの部品などの供給も制限されるというニュースが相次ぎました。米中貿易・知財問題は着地点が見えない状況です。

これからの注目ポイントとして、人民元の動きが挙げられます。


貿易摩擦が物価に与える影響は

制裁関税が景気に与える影響を考えた場合、消費者物価の上昇、または上昇懸念に伴い、家計(個人)が消費を抑制(節約)し、経済成長が鈍化することが想定できます。

企業ベースでは、販売不振を避けるため、製品価格上昇を防ごうとするコスト削減努力が行われるわけですが、努力で制裁関税コストを吸収しきれない場合、輸入国での製品価格が上昇します。

現時点で入手可能な直近の消費者物価指数(CPI)データは、米中ともに、第3弾への制裁関税率が10%の段階である4月分のものですが、消費者物価に影響の兆しがあるかを確認してみましょう。

米国のCPIは前年同月比2.0%上昇しました。上昇率は前月より0.1ポイント高まり、昨年11月以来、5ヵ月ぶりの伸びとなりました。同じく、中国のCPIは前年同月比2.5%上昇しました。特に食料品価格の上昇が目立ちます。

これらのデータを見ると、懸念はあるものの、現段階では制裁関税の影響が輸入国の物価に大きな影響を与えているとまでは評価できないと思われます。したがって、第3弾への25%の制裁関税率適用の影響が現れるとみられる5月分のデータが注目されます。

為替で制裁関税を吸収することは可能か

さきほど、制裁関税によるコストアップを吸収する方法として、企業のコスト削減努力に触れましたが、実はそれ以外にも大きな要素があります。為替レートです。

人民元(対米ドル)のレートが、人民元安方向で推移していることは、前回記事でもご紹介しました。わかりやすくするために、切りのいい数字で考えてみます。

中国側のデータによれば、2018年の中国から全世界への輸出額のうち、米国が占める割合は約5分の1です。わかりやすくするために、中国から全世界への輸出額が2兆5,000億ドル、うち米国向けが5分の1の5,000億ドルと仮定してみましょう(実際の2018年の全世界への輸出額は2兆4,874億ドル、中国海関総署まとめ)。

米国向けの全額に25%の制裁関税が課された場合、5,000億ドル×25%=1,250億ドルの分のコストアップになります。つまり、米国内での中国製品の価格を制裁関税前の水準に保つには、全体で1,250億ドル分を値下げする必要があります。

そして、この値下げ原資の1つとして、通貨安があります。日本円で考えてみた場合、仮に円(対米ドル)が100円から110円に円安になれば、米国の消費者に円安前と同じ1ドルで製品を販売しても、円ベースでの手取りは100円から110円に増加します。つまり、10円分を値下げ原資として利用できます。

それでは、どの程度の人民元安になると、上記の1,250億ドル分の値下げに必要な原資を確保できるのでしょうか。この場合のポイントは、制裁関税は中国から米国への輸出のみに適用されますが、人民元安の影響は中国から全世界への輸出額(米国向けの5倍)に影響を与えると考えられることです。

仮に人民元(対米ドル)が5%人民元安に動けば、2兆5,000億ドル×5%=1,250億ドルの値下げ原資が確保できる計算になります。もちろん、この試算はすいぶん乱暴で、中国の輸出製品を作るコストがすべて人民元で賄えることや、中国から全世界への輸出がすべて米ドルで決済されることなど、現実的でない仮定が含まれます。

しかし、この試算から為替の影響が大きいことは理解していただけたと考えます。

チャイナショックは起こるか

人民元安というと、2015年のチャイナショックを連想してしまいます。この時は、中国の外貨準備が急減した流れを受けて、中国から資金逃避が発生、加速するのではないかという懸念が、中国株などの下落をもたらしました。

しかし、現時点での中国の外貨準備の推移は安定しています。そのため、少なくとも当面は、再びチャイナショックが起こる可能性が低いと思われます。

GDP(国内総生産)が米ドル建てで国際比較されることからもわかる通り、人民元安は中国の国益を損なう面があります。このため、人民元安と人民元高のどちらが中国にとって国益であるかは難しい問題です。

結論として、大幅な人民元の変動は、少なくとも当面は発生しないと考えていますが、リスク要因になりうることもまた事実であると考えます。米中の貿易・知財問題による経済への影響のサインとして、物価、個人消費、人民元の動きに注目したい局面です。

<文:チーフ・グローバル・ストラテジスト 柏原延行>

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