はじめに

劇中のサバイバル術から学ぶ

それでは、実際に登場したいくつかのサバイバル術を見てみましょう。

節約レベル1:自転車で移動する

「撮影中、自分の生活にも取り入れようと真っ先に感じたのが、“自転車は持っておいた方がいい”ということ。自力でも動ける行動範囲が圧倒的に広がりますし、電車やバス、クルマが止まったときにも有効です。鑑賞した人からも、“自転車を買いました”“パンクしていた自転車を修理に出しました”という声が届きました」

節約レベル2:燻製を覚える

「次に、燻製を覚えようと思いました。燻製すれば、冷蔵庫がなくても食料の常温保存が可能になります」

――作中の、ブタを捕まえて燻製にして食べるシーンは印象的でした。ブタを見る機会が少ないので、あんなに大きくて強いのかとビックリ!

「作品の宣伝で、小日向さんが『ブタに振り落とされて、アバラにひびが入った』とよく言ってましたね。矢口監督は『小日向さんは痛がりだから、僕は信頼していません』と返していましたが……(笑)。

実際、出演者陣にとって、最も体を張った撮影の一つだったと思います。犬やネコならタレント犬・タレントネコがいますけれど、タレントブタはいないので、養豚場の豚だったのですが、制作陣も撮影時には冷や冷やしていました」

節約レベル3:雑草を食べる

――映画の中では、“イケてるけどイケ好かない”サバイバルマスターの斎藤ファミリー<父親(時任三郎)、母親(藤原紀香)、長男(大野拓朗)、次男(志尊淳)>が雑草を食料にしていましたが……。

「斎藤ファミリーは鈴木家とは対照的な一家です。外見的にも、平均身長が180センチ近いので、鈴木家と並んだ時のギャップがすごい。王道の映画だったら、こっちが主人公ですよね。彼らは正しいサバイバルの知識で、電気の使えない状況を楽しみながら旅をしています。

劇中で斎藤一家の母親が言っているように、『地面から根を生やしている雑草は毒素が少ない可能性が高い(※)』んだそうです。彼らは雑草を干して保存食としても活用しています」

※すべてではないので、食用にする際は十分に調べるか専門家のアドバイスを受けてください。

――最もコミカルなシーンのひとつですね。母親役の藤原紀香さんが現れたとたんに、劇場が笑いに包まれました。

「鈴木家と斎藤家の対比がおかしいですよね。藤原さんの演技はすばらしく、引き受けてくれて、本当にありがたかったです」

――作中では、そのほかにもネコ缶や水族館の魚など、普段は決して口にできない食料が登場して度肝を抜かれました。

「スタッフもネコ缶を食べました。ネコ缶はシーチキンの缶詰と同じ工場で作っているから、基本的には人が食べても問題ないんだそうです。ただ、生臭くて、非常にまずいですけど……。人と同じ味付けにすると、猫には強すぎるそうです。調味料があればよかったですね(笑)。

この作品には、いわゆるスタジオセットを使用した撮影は一切なく、矢口監督のこだわりによってオールロケーション撮影を敢行しています。制作会社のアルタミラピクチャーズさんが撮影できる場所を日本全国から探してくれました。

水族館のシーンは、神戸にある神戸市立須磨海浜水族園が協力してくれました。難しいお願いだと思いながら頼んだのですが、撮影意図を伝えるとなんと快諾。阪神大震災を経験されたこともあり、もし人命に関わるような非常事態になったならば、『極力食べないに越したことはないけれども、そういう対応もあるかもしれない』と共感してくれたんです。今、映画のポスターも貼ってくれています。

自転車で高速道路を走るシーンで使用させてもらった道路もそうですが、非常にたくさんの方々の協力のもとに撮ることができた映画です」

サバイバル時の最大の武器「ポジティブ精神」

――サバイバルしなければならないときに、大切なものはなんでしょう?

「イケてるけどイケ好かない斎藤一家の父親(時任三郎)が説明したように、人が生き延びるのに一番大切なのは食料よりもまずは体温の保持。体温が下がると、あっという間に衰弱して、体が動かなくなってしまうそう。

次が水で、その次が火をつけられること。実は、食料は3週間くらい食べなくてもなんとかなるんだそうです。そして、サバイバル時になによりも強い武器になるのは、ポジティブな精神。どんどんマイナス思考になるよりも、こんな状況ですら楽しもうという心構えが大事。まさに斎藤ファミリーですね。でもやっぱり、なんか鼻につきますね……(笑)」

――鈴木ファミリーも、深津絵里さんの演じる能天気な母親が、ポジティブさで家族を救っている印象を受けました。

「母親役が深津さんで本当によかったです。お金が足りなくなったときに、ベテラン主婦ならではの手腕で、さらっとへそくりを出してきたり、高額で物資を売りつけてくる連中と上手に交渉して物資を手に入れていく。

しかも、そういう風に活躍するんだけど、鼻にかけずポヤンとしているところがいい。『実は頭がいいんです』という自慢をするタイプではないという監督の要求を、深津さんはすぐ理解して演技に反映してくれました。

深津さんといえば、とても美しい女優さんなのはみなさんご存知かと思います。なので、映画の前半で監督が苦心したのは、彼女をいかに普通のお母さんに見せるかということ。ですが、後半では汚しのメイクを重ね格好もボロボロになっていくのに、どんどん輝くように美しく見えてくるんです。これは長女役の葵わかなさんも同様でした。そういう変化も楽しんでいただければ」

笑っただけで終わらない「怖い映画」

――コミカルな映画ながら、ちょっとしたシーンにゾクリとさせられました。特に、普段聞こえる生活音がまったくしなかったことに妙な違和感があって……。

「矢口監督作品では、『スウィングガール』や『ウォーターボーイズ』のように、音楽が印象的な映画が多いのですが、今回はほとんど使われていません。それどころか、普段の生活で聞こえている部屋の中の電化製品の音や遠くから聞こえるクルマや電車の音も撮影時に極限まで音を排除し、さらに撮影後の仕上げでそぎ落としました。

印象的だったのが、停電が起こった後の通学時に、長男がいつもつけていたヘッドホンを外すシーン。外したとたんに人の足音や息、風の音が突然聞こえてくる」

――電気によるノイズがないので、それらの音が妙に生々しかったです。あれで、一気に作品世界に引きずり込まれました。

「世の中から電気が消えてしまうというSF的な大きな嘘があるからこそ、『それ以外はとことんリアルに』と監督はこだわっていました。小さな嘘が混ざってしまうと、観客が映画に集中できませんから。

ただ、監督はこの作品で『電気のない世界ってすばらしいよね!』と伝えようとしているわけじゃないんです。実際、監督に『こんな世界になったら、どうします?』と聞いたら、『僕は無理です!』と即答されましたから。

『サバイバルファミリー』は、制作側が考えたメッセージを押し付けるのではなく、見た人ひとりひとりの考える力を刺激する映画。シリアスな要素に矢口監督ならではの軽妙なユーモアが絶妙なバランスで加わることで、ある人にとってはとても怖い、別の人にとっては非常に笑える作品になりました。

でも、笑っている人も、ただ単に笑ってはいられないなにかがある。150年前は当たり前だった電気のない世界。もう僕たちが想像もできないその世界を、映画を通してぜひ体験してもらいたいです」


映画『サバイバルファミリー』

原案・脚本・監督:矢口史靖
出演:小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな、ほか
全国公開中
『サバイバルファミリー』公式サイト
(c)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ

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