はじめに

首都機能の移転を正式に決定したインドネシア。10月に2期目に突入するジョコ・ウィドド政権にとって、首都移転プロジェクトは、4月に開通したジャカルタの都市高速鉄道(MRT)に匹敵する目玉のプロジェクトになりそうです。

しかし一方で、インドネシアの首都移転構想は、スカルノ大統領に始まる歴代政権でもたびたび浮上しては進まなかった経緯もあり、実現に懐疑的な声も見受けられます。日本に住む投資家は、どのような点を注視して、今後の動向をチェックすればよいのでしょうか。


コンセプトは「フォレスト・シティ」

ジョコ大統領は8月26日、首都をカリマンタン島(ボルネオ島)東部の東カリマンタン州クタイ・カルタヌガラ県の一部と、プナジャム・パセル・ウタラ県北部を範囲とする地域に移転することを発表しました。

東カリマンタン州は、従来から石油や天然ガス、石炭などの天然資源が豊富な地域として知られています。しかし近年は、州都のサマリンダや港湾都市のバリクパパンを中心に都市開発も進められており、両都市間には早ければ10月にもカリマンタン島で初となる高速道路が開通する予定です。

いまだに多くの自然を残すこの地域において、新首都のコンセプトには「フォレスト・シティ」が据えられました。電力供給のほぼすべてを再生エネルギーで賄い、ITを駆使した環境未来都市が構想されています。

政府によると、すでに国有地として18万ヘクタールが確保されていることから、2021年にも建設が開始される予定です。さらに2024年から政府や議会機能を段階的に移転し、独立100周年を迎える2045年までの移転完了を目指す計画です。

移転にかかる予算は466兆ルピア(約3兆5,000億円)で、全体の2割弱を国家予算から、残りは官民連携(PPP)や企業からの投資で賄われる見通しです。直近、ジョコ大統領は18万ヘクタールの一部を住宅建設用に国民に売却し、プロジェクト資金を捻出するアイデアも示しています。

ただ、中央銀行や金融庁などの金融セクターはジャカルタに残す方針のもようで、経済活動は引き続きジャカルタが中心となることが予想されます。したがって、ジャカルタと新首都は、米国のニューヨークとワシントン、東南アジアではベトナムのホーチミンとハノイのような関係になりそうです。

外資系企業が尻込みしている事情

首都移転先が正式に発表されたことを受け、不動産デベロッパーや国営ゼネコン大手が動き出しています。

サマリンダとバリクパパンで都市開発を進める不動産デベロッパーは、新聞広告などの宣伝を強化しています。また、国営ゼネコン大手のウィジャヤ・カルヤやワスキタ・カルヤはコンクリートの需要拡大を見込み、子会社を通じて、相次いで東カリマンタン州にプレキャスト・コンクリートの新工場を建設することを発表しました。

そのほか、国営電力のPLNはカリマンタン島で超超高圧送電網(送電容量500キロボルト)の整備着工計画を発表。国営ガスのペルサハーン・ガス・ネガラは東カリマンタン州での都市ガス網整備のため、来年の設備投資額を今年の3倍以上に引き上げました。

また、国営通信のテレコムニカシ・インドネシアは、すでにカリマンタン島の人口の9割をカバーするブロードバンド網を整備していますが、インターネット通信量の飛躍的な拡大が予想されることから、特別な整備を実施するとしています。

しかし、これらの動きは一部の国内勢にとどまり、日系ゼネコンなど外資系企業は様子見姿勢を維持しています。

というのは、首都移転については、スカルノ初代大統領の時代からたびたび議論されてきました。移転先の候補地として、同じカリマンタン島の中カリマンタン州のパランカラヤ市や西ジャワ州のジョンゴル地区が挙げられ、開発が着手されたものの、予算面の課題や各方面からの反対で頓挫した経緯があるためです。

首都移転をめぐる、もう1つの不安

インドネシア経済は、2018年の実質GDP成長率が前年比+5.17%と3年連続で加速し、ジョコ大統領の就任以来、最も高い伸びとなりました。しかし、ジョコ大統領が公約して掲げている+7%や、政府目標の+5.4%には及ばず、緩やかな回復にとどまっています。

さらに、2019年については前年同期比+5.3%の成長目標を掲げていますが、足元4~6月期は+5.05%と2四半期連続で減速しました。中国経済の減速から石炭などの主力産品の輸出が弱まったほか、大統領選挙の影響やローン審査の強化などから自動車や不動産の買い控えが起きたためです。

ジョコ大統領の再選が確定した6月以降は公共工事が動き出しており、徐々に景気の底入れが期待されます。しかし昨年、ルピア安に歯止めをかけるため、合計6回にわたって利上げが実施されたことが響き、依然として企業収益の低迷が目立ちます。

悲願の首都移転の実現で景気回復へと導けるのか、首都移転に向けた具体策の発表が待たれるところです。

<文:市場情報部 北野ちぐさ>

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