はじめに

―では、「親への理解」とは?

僕がセミナーで、よく「みなさんはお母さんの元カレ、お父さんの元カノを知ってますか?」と問いかけます。「両親のことをよくわかっている」と言っていた人も、この質問にはほとんどの人が黙ってしまいます。

「お父さん」「お母さん」というのは「部長」「課長」と同じ役職名に過ぎません。親には、ちゃんと個人の名前のついた人生があります。あなたが知っている「お父さん」「お母さん」が、すべてではないんです。むしろ、親は子供の前ではカッコをつけていることの方が多いくらいです。

特に親が認知症になってしまった場合、親のことを理解していないと、優れた介護をすることができなくなります。認知症は、親に介護が必要になるきっかけとして第一位の原因です。親の人生についての細やかな情報が必要になるんです。

―情報と知識……事前準備が大事ですね。

僕は二十歳のときから、母親の介護をしてきました。現在の母親は要介護5で施設にいます。しかしもし私が、今の知識と人脈を持って27年前のあの日に戻れたら、母親はいま、孫を抱くこともできていたと思います。

僕自身の経験を振り返ってみて明らかなのは、過去の自分の選択はひどく間違っていたということです。こんな後悔は絶対にしないほうがいい。だからこそ皆さんには、知識を集めて、自分より詳しい人に相談をし、少しでもいい判断をしてもらいたいと思っています。

少しだけでいいから、準備を進めていってほしい。問題の原因は必ず過去にあります。そして未来は、今の自分の決断が作るものなのです。せめて先送りだけでも、やめてもらいたいのです。


酒井穣(さかいじょう)
株式会社リクシス取締役副社長 CSO、介護メディア『KAIGO LAB』編集長・主筆、新潟薬科大学生命産業創造学科客員教授。
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後、フリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを創業。著書はベストセラーとなった『はじめての課長の教科書』や『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

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