はじめに

合不合の得点差が最も大きいのが「算数」

<モリの目>(森上展安)

タカの目さんの今回の「数字」は「算数一科」入試の「一」ですね。

来年入試で実施校が増えています。その要因をタカの目さんは大きく二つ挙げ、一つは午後入試の流行があり、二つ目は算数・数学重視をアピールしたいとの学校側の事情がありそうだ、としています。

いずれも妥当な指摘だと思います。特に前者は何故「一」なのかをよく説明しています。敢えて付け加えれば、各私立中学の入試結果資料を見ると、合格者と不合格者の得点差の大きいのがどこも「算数」なのです。

入試とは「選抜機能」ですから「算数」こそ選抜機能をよく発揮しているのです。従って午後入試というスキマ入試でこの選抜を機能させようとすれば「算数一科入試」に自然となるのです。

ところで数学(算数)の考え方の一つに「余事象」があります。言葉通り「それ以外のこと」です。この余事象を教科で言えば国語、理科、社会、(英語)というのが入試の定番です。これまで英語は小学校では教科として指導されていなかった(新指導要領では教科化しました)ので、国、理、社が余事象になります。

国語の出来ない子が増えている!?

何事も実際的な西日本の中学入試では、灘を始めとして難関校は社会のテストはしません。何故なら暗記の力の競争になるからで、余り教育的と言えないと考えているようです。

それでも理科は実施します。理科は算数と同じく割合や比を用いる、いわば算数の延長のような科目ですから本来は差がつきやすいのですが、流石にペーパーテストには適さない教科の性質があります。

つまり本来は実験や調査をしてプロセスをどう評価するかという学科ですから、そうそう難しくできない。難しくするとやはり社会のように暗記力のテストになりがちなのです。だから理科で差はつかないようなことになりがちです。

では国語はどうかと言うと、女子にできる子がかなり多い一方、男子はできる子とそうでない子の差が大きい。男子にしても女子にしてもこの差を埋めることが案外難しい。言ってしまえばできる子はできる子、できない子はできない子という学力分布の差が大きい。どちらかと言うとできない子が増えている。

何故そうなるのか。活字リテラシーをテストするわけですが、今はビジュアルリテラシーの時代ですから、昔より相当活字リテラシーが落ちているのです。

算数が一番「選抜機能」の意味がある科目

このように余事象の考え方で他教科の学力状況を見てくると、算数以外の教科の学力が極めて頼りなくなっているのです。そこへ行くと算数はできた、できないが分かりやすく、できると面白いのは当然ですから、指導しやすいし学びやすい。

ところが小学校の先生の多くは実は算数嫌いの場合が多く、いわゆる文系で、学びがつまらない感じがする。しかし中学入試の算数に触れると俄然面白い。少し上手な塾の先生だと小3、小4で「算数を学ぶのはとても面白い」と思わせることは割に簡単なのです。

こうして算数の入試は依然として成り立ちやすくなっている一方で、余事象の国、理、社の入試は選抜機能が弱くなっているのです。

では最早、国、理、社入試はどこかの参議院選補選のように儀式化していて、それ自体では選挙(選抜)の体をなしていないとすると、近い将来、午前入試でも算数一科入試が出現するかもしれません。

でもそれは今のような算数入試とは違い、プログラミングと算数であったり、サイエンスと算数であったり、社会事象と算数であるという問題ではないかと思います。その場合は記述式答案のはずですが、そもそも国、理、社の長文がないので、試験時間的に十分成り立つように思います。

東京女子学園の算数入試に注目

ところで東京女子学園という女子校が、この午後算数一科でスマホ持ち込み可の入試を公表するそうです(タブレット貸出も行う)。そもそもアメリカでも東南アジアでも南アジアでも、算数(数学)の授業やテストで電卓(グラフ電卓)を使うのは当たり前で、むしろこうしたツールを使って問題解決をするというのが長らくの潮流です。

「知識、技能」を確認するのがテストではなく、「知識、技能」を使って何ができるかということこそが本来の学びに近いものです。「知識、技能」の選抜なら従来型のテストでもよかったのですが、このAI時代ではみすみす思考力を弱めるようなものです。

タカの目さんからは算数一科入試の広がりを後押しする要因は他にもあるのではないかという問いかけがありました。モリの目としては、この東京女子学園の午後算数一科入試のあり方にこそ本当に広がる要素があるのだと考えています。