はじめに
――ダメじゃないですか。どうしてですか?
先ほど紹介したパワハラの実態調査では、過去3年間のパワハラの経験について聞いています。平成28年は、「パワハラを受けたことがある」と答えた人は32.5%でした。3人に1人がパワハラを受けているということになるわけですが、さすがに「パワーハラスメント」と認定されるような不当行為がここまで多いとは考えにくい。
――ブラック企業だらけということになりますね。
そう考えると、アンケート結果は「パワハラを受けたことがある」と“感じた”ということ。必ずしも事実ではなく、労働者の評価なんです。
つまり、上司と部下の関係において困っている状況があるということ。たとえば、上司から指示を受けた仕事がうまくできない。それにとても悩み・困っている。それなのに、何度も何度も上司から急かされる。その苦しい状況が「パワハラ」という言葉で表現される。そういうシチュエーションが相当、増えているのではないかと思います。
――確かに。
もちろん、この調査の回答の中には、人格否定や暴力など明らかなパワハラ被害もあるでしょうし、それは許されるものではありません。が、こうした行為はパワハラ防止法によって減っていくはずです。
しかし、「パワハラ」という言葉は、職場の多様な問題の集合体になっていて、極めて抽象的な言葉になっているんですね。「指示が曖昧」「目標が高い」「つらい」「返事をしてくれない」「結果を出せず悔しい」など、いろいろな思いが噴出して、「それはパワハラです!」といった訴えで現れるわけです。しかし、「パワハラ」という言葉を使うことで、事実認定にばかり注目が集まってしまう。パワハラかそうでないかの判断をしたところで、もともとあった問題は解決されないんです。
――なるほど。
むしろ、事実だけを見て、「それはパワハラではない」と決めつけたら、部下の考えや気持ち、欲求など、それらすべてを、事実とともに否定したことになります。部下は全面否定された気持ちになってしまいますよね。
――がっかりですし、腹立たしい気持ちになります。
自分のことを全否定する相手に対して、「はい、わかりました」と指示に従うことはありませんから、上司との関係性はもっと悪化します。関係性も悪ければ、パワハラと感じやすくもなる。関係性がどんどん悪くなっていく中で、どうやったらパワハラと認められるのかと一生懸命考え、上司を挑発することもあるかもしれません。
「それ、パワハラです!」という言葉は、部下にとって職務権限というパワーを持っている上司に対抗するために、自らをパワーアップするために発せられる言葉なんですよ。
――パワハラが抽象的な言葉だからこそ、その認定も難しくなるわけですね。
パワハラの認定については、今回の法律で、職場におけるパワーハラスメントを(1)優越的な関係を背景とした言動 (2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより (3)その雇用する労働者の就業環境が害されること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)の3つの要件をすべて満すものと定義しました。
とくに重要になるのは(2)の行き過ぎた言動があったかどうかの事実の確認で、どのような行為がパワハラなのかを本人に確認するわけですが、その事実だけで判断することはできません。
また、厚生労働省は、職場のパワハラの典型的な事例を、(1)身体的な攻撃 (2)精神的な攻撃 (3)人間関係からの切り離し (4)過大な要求 (5)過小な要求 (6)個の侵害 という6類型に整理していますが、簡単に黒か白か線引きできるものではないんですよ。