はじめに
――法律と同時に、パワハラの具体例を示した指針案が公表されましたが、「殴打や足蹴りはパワハラ」、「誤ってぶつかる、物をぶつけてしまうのはパワハラではない」とか、そりゃそうだろうという内容でした。また、「記載されているもの以外はパワハラにあたらないと、企業が判断しかねない」といった批判もありました。
パワハラかどうかは、関係性や背景、動機、いつ・どこで・どんなふうに行われたのか、継続的なものなのか、すべてを勘案して判断するものですし、職種によっても変わることがあります。
消防など命の危険にさらされることもある仕事では、危険回避のために大声で「ばかやろう」と怒鳴ることもあるでしょう。医療現場などでは、緊急事態において過度な要求がされることもあるでしょう。それがパワハラにあたるかといったら、違いますよね。
なにがパワハラなのか、そもそも一言で表現できるものではなく、指針で示すには限界があります。職場ごとに線引きをすることが大切だと思います。
――実際のカウンセリングの現場で、多いパワハラって何ですか?
6類型でいうと、精神的な攻撃と過大な要求ですね。精神的な攻撃は、部下が成果をあげられない、ミスばかりをする、態度が悪いという状況に対して、上司が苛立って暴言を吐いたり、無視をするといったものです。特に、暴言が多く、感情的になってしまい、行き過ぎてしまうというケースがほとんどです。
パワハラの行為者、上司のヒアリングをすると、「あなたは、こんなことされても怒りませんか?」「普通、そんなことをされたら耐えられないでしょう」と言われることがあります。上司も自分の怒りの正当性を理解してもらいたいんですね。人間関係において、10対0でどちらか一方が悪いということは、そうそうありませんから。
――過大な要求はどのようなものでしょう?
会社や上司からすると妥当な目標値なのだけれど、部下にしてみると、やっと目標達成したのに、頑張れば頑張るほど目標が上がっていくことがつらく感じてしまう。自分は期待されている、伸び代があるからだと、とらえる人は必ずしも多くないんです。
――上司からの期待がパワハラと受け止められるのは不幸ですね。
「身体的な攻撃」の暴行や傷害は刑法、脅迫や暴言などの「精神的な攻撃」は刑法や民法の問題であり、パワハラ防止法によって減っていくでしょう。しかし、残りの4つ――「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」というのは、本質的にはコミュニケーションとマネジメントの問題なんです。
上司のマネジメントが適切ではない、あるいは、部下と上司のコミュニケーションがうまくいっていない。そこに気づいて手当をしなくては、そもそもの問題は解決しません。明らかなパワハラはなくても、ギクシャクした人間関係から生じるパワハラ未満の行為が蔓延していたら、働きやすい職場とはとても言えません。
――会社に行きたくなくなります。
安全管理には「ヒヤリ・ハット」が大切だと言われます。小さな過失や問題を共有し分析していくことが、重大災害をなくすことにつながるという考え方です。パワハラ防止に対しても、部下が不快・不満に感じている感情に対応することが「ヒヤリ・ハット」なんです。
私たち人間は感情の生きものですから、私たちの中に出てくる不快や不満という感情を受け止め、対応をしてあげれば、「許せない」という感情に変わることはありません。それが、パワハラをなくすためには必要です。