はじめに
新型コロナウイルスが、1月中旬に中国において新型ウイルスと認定され、その後、中国以外の国にも感染者が広がりました。感染者数は日々増えており、1月30日の日本時間の8時時点で、中国国内での感染者数は約7,000名を超え、死者は約170名に達しています。
今回同様に、中国発のコロナウイルスが原因となったSARS(重症急性呼吸器症候群)は2002年年末から2003年春先まで発生しましたが、中国で5,327名が感染し、致死率は約10%に及びました。
1月30日時点で、今回の新型コロナウイルスの感染者数はすでに中国国内のSARSのそれを超えており、日々増え続けています。今回の新型ウイルスとSARSには共通点が多いとされていますが、感染メカニズムや潜伏期間が異なるとの見方もあります。
はたして今回の新型肺炎は、世界経済の先行きにどのような影響を与えそうなのでしょうか。現段階での筆者の見解を述べたいと思います。
SARS発生時と現在とを比較する
SARS発生当時の中国経済は、2003年4~6月に個人消費を中心に経済成長率は前年比+9.1%と、前期(1~3月:同+11.0%)から大きく低下。その後、SARSの収束に伴い、7~9月には経済が回復に転じました。
今後の金融市場を展望するにあたり、2003年のSARSを前例に挙げて、現在の株式市場の混乱が短期間かつ限定的に止まる、との見方が散見されます。また、1月30日時点で新型ウイルスによる致死率は約2%と、SARSより低いと発表されています。中国当局と医療関係者の取り組みによって、そうなって欲しいと願うばかりです。
ただSARSは、当初観測された致死率が低かったですが、時間の経過ととともに致死率が上昇しました。新型ウイルスとSARSの違いを、筆者は当然ながら判別できませんが、新型ウイルスにおいて、SARSと同様に致死率が上昇しても不思議ではないように思われます。
今回は中国国内で感染が広がった時期が、人の移動が活発になる春節前と重なったことで、各地域にウイルスが広がった可能性があります。各地域に感染者数が広がった分、感染者拡大に歯止めがかかる時期が、後ズレするとの専門家による予想があります。
そして、今回の発生の震源地である武漢を中心に、新型ウイルスが発生してから多くの出国者があったため、SARS時よりも、中国以外への感染者が拡大している可能性があるのではないか、と考えられます。
SARSと同一視すべきでない経済的理由
このように、新型ウイルスに関しては、筆者のような門外漢には判断できないリスク要因が多いようにみえます。それゆえ、SARSという前例を当てはめて、株式などリスク資産への投資を行うことに対して、筆者は慎重なスタンスです。
すでに中国国内の感染者数がSARS時よりも増えていることを踏まえれば、今回の新型ウイルスが世界経済の成長を下振れさせるとの懸念が今後、強まると思われます。
まず、2003年時と比べて、震源地である中国の世界経済全体に対する影響はかなり大きくなっています。中国のGDP(国内総生産)規模が当時より格段に拡大していることに加えて、中国の製造業がさまざまなサプライチェーンに組み込まれています。
中国では、SARSの時と同様に、感染拡散を防ぐために、国内の移動制限、観光施設の営業見合わせなどがすでに実現しています。このため、中国経済は1~3月にかなり落ち込むと筆者は予想しています。そして、中国経済の落ち込みが世界経済に及ぼす悪影響は、需要・供給の双方の経路で発生する可能性があります。
カギを握る中国当局の情報発信
こうした中で、震源地である中国を中心に株式市場の下振れリスクを抱える状況が、多くの市場参加者による想定よりも長期化するのではないでしょうか。
少なくとも、中国を中心に感染者拡大が落ち着く兆しが見えるまでは、新型ウイルスへの金融市場の懸念が払拭される可能性は低いでしょう。目先、米国を含めて、株式市場への調整圧力が高まる場面が続くとみられます。
また、震源地である中国での感染者数に関して、これがどの程度信頼できるのか、筆者は疑念を持っています。今回、武漢において当初の感染者数が、迅速かつ正確に発表されなかったことを指摘する声もあります。中国当局が発表する情報への疑念が、今回の新型ウイルス騒動に起因する、金融市場へのネガティブな影響を拡大させかねないとみています。
<文:シニアエコノミスト 村上尚己 写真提供:Alissa Eckert, MS; Dan Higgins, MAM/CDC/ロイター/アフロ>