はじめに

こっそりと実家に戻って

「彼が悪いわけではないと思うんですが、私自身がだんだん精神的なバランスを欠いていって、彼の些細な言葉も悪いようにしか受け取れなくなっていました」

収入が激減したことによって、自分の価値が下がったように思ったアキコさん、彼との関係が対等ではなくなっていきました。

「ご飯も2杯は食べられない。彼が買ったお米だから、と思っちゃうんです。田舎の母と電話で話したとき、ちょっと言ったらお米や野菜を送ってくれたんですが、それはお腹いっぱい食べました。彼はまったく気づいていなかったと思います」

週に1度、出社していた彼がワインを買って帰ったことがあります。4月の末のことでした。ふたりがつきあい始めた記念日だったのです。

「一緒にワインを飲んだまではよかったんです。彼が『プレゼントは改めて。また会社に行けるようになったら買うね』と。『私が無駄飯食いしているからだ』と落ち込みました。彼が言わないからよけいにつらかった」

ただこの話、あとから聞くと、当時はお店やデパートも閉まっていたため、彼は自分が毎日出社できるようになった時期には店も開いているだろうから、そうしたら買うね、という意味だったそうです。お互いの言葉足らずと誤解のせいで、アキコさんの気持ちはどんどん落ち込んでいきました。

「ゴールデンウイークが明けたころ、母に電話して帰りたいと言ったんです。でも母は、『今、こっちに来たら近所で何を言われるかわからないからやめて』と。行き場を失いました」

ふらりと家を出て、人の少ない繁華街を歩き、ひとりでなぜかラブホテルに泊まったというアキコさん。

「正直言って、誰か私を買ってくれないかなとまで思いました。そしてそう思った自分をアブナイとも感じた。もう限界でした。そこで5月の末、彼が会社に行っている間に荷物をまとめて実家に帰りました。近所の人が見ていないのを確認して、こっそり家に入れてもらったんです」

コロナ鬱という言葉がありますが、アキコさんの場合、まさしくそうだったのかもしれません。収入減と将来への不安、彼と何かが噛み合っていない苛立ち。そんなものが一気に押し寄せたのでしょう。

6月に入り、彼は週に4日、出社するようになりました。彼女のほうも会社に戻ってくるよう要請がありました。ただ、彼女は結局退職、彼とも別れてしまったといいます。

価値観に苦しみ

「今は実家近くの居酒屋でアルバイトをしています。実家は兄の代になっているので、私は母が暮らしている離れに住まわせてもらっているんです。眠れない日々が続き、体調を悪くしていたら近所で噂になったりして、いづらいなとは思いますが、もう他に居場所もなくて」

彼からは戻ってきてほしいと言われましたが、「他人に養われる」みじめな生活がよほど堪えたのか、帰るつもりはないそうです。

「今からでも遅くない、何か一生できることを身につけなければと焦っています。私はたぶん結婚には向いてない。自分がきちんと稼いでいないと、男性と恋愛もできないんだとよくわかりました」

女性は男性に食べさせてもらうのが当たり前の時代は昔の話。「女性も稼いで経済的にも台頭にならなければいけない」のは、男女平等の観点からいえば正しいのですが、現実社会がそうなっていないため、その価値観に苦しんでしまうアキコさんのような女性もいるのです。