はじめに
8月20日、日本の長期金利である10年物国債の利回りが1.6%を超えました。債券市場では国債を売る動きが強まっています。なぜ国債を売る動きが強まっているのか、長期金利の上昇は、どのような影響を及ぼすのでしょうか。
徐々に上昇する長期金利
日本の長期金利が最も下押ししたのは2019年8月で、この時の最低水準は▲0.29%でした。いわゆるマイナス金利です。2020年6月以降はマイナス圏を脱したものの、0.1%を下回る水準で推移。2022年1月から徐々に上昇トレンドに移行してきました。長期金利の上昇を抑えるイールド・カーブ・コントロールが解除され、かつ国内でもインフレ圧力が徐々に強まってきたからです。
8月20日時点では1.61%まで上昇してきました。過去、10年国債利回りが1.61%だったのは、2008年4月のことです。1.61%まで上昇してきたとはいえ、2008年4月以来の水準ですから、まだ日本経済が「失われた30年」の真っ只中だった頃の水準でしかない、と考えることもできます。
金利水準の決定要因はさまざまですが、基本的には物価水準が大きく影響します。インフレが進むと通貨価値が目減りしてしまうため、日本銀行が政策金利の引き上げを通じて物価の沈静化を図ろうとするからです。ちなみに政策金利とは「無担保コール翌日物金利」のことです。
政策金利が引き上げられたり、あるいは利上げが近々行われるという見通しが広まったりすると、債券市場に参加している投資家は、金利上昇に備えた動きをします。結果、長期金利も上昇するのです。
コアCPIが3.3%だった時の長期金利は6%台
では、現在の1.61%という長期金利の水準は妥当なのでしょうか。
消費者物価指数のなかでも、「生鮮食品を除く総合(コアCPI)」の前年同月比を見ると、3%台が定着しつつあります。新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に広まったことによる供給制約や、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格、食料価格の高騰の影響は日本にも及び、コアCPIは2023年1月に4.2%に上昇となりました。
その後、経済の正常化に伴い徐々に物価上昇圧力が後退し、2024年1月には2%の上昇まで納まりましたが、再び上昇し始め、2025年5月は3.7%の上昇。そして最近データの6月は3.3%の上昇となっています。
では、過去においてコアCPIが3.3%だった時、長期金利は何パーセントで推移していたのでしょうか。基本的に金利水準は、物価水準との見合いで上昇、低下しますから、過去のコアCPI上昇率に照らして、その時の長期金利を見れば、1.61%という現在の長期金利が妥当かどうかを類推できそうです。
日本は1980年代のバブル経済が崩壊してから、長期にわたってデフレ経済が続きましたから、コアCPI上昇率が3.3%だった時期は、かなり前の話になります。消費税が引き上げられた後の1年間は、その影響があるので一時的にコアCPIも上昇しますが、それは特殊要因ということで除きます。具体的にいうと、3%の消費税が導入された1989年3月、5%に引き上げられた1997年4月、8%に引き上げられた2014年4月、そして10%に引き上げられた2019年10月です。
それを除くと、コアCPIが3.3%だったのは、1990年12月にまで遡ります。そして、この時期の長期金利がどの程度だったのかというと、6.5~6.8%でした。
つまり現在の1.61%という長期金利の水準は、コアCPI上昇率が3.3%であることを考えると、妥当ではないことになります。
ちなみに当時、日本の政策金利は無担保コール翌日物ではなく、「公定歩合」と称されるものでした。その水準が1990年12月時点でどうだったのかというと、6.0%です。対して現在の無担保コール翌日物金利は0.5%が誘導目標ですから、政策金利、長期金利とも、物価水準との見合いで考えれば、異常に低いことになります。