はじめに
「老後は海の近くでのんびり過ごしたい」「でも都市部の利便性も手放したくない」──。FPとして数多くの相談を受ける中で、特に女性のクライアントからこうした声をよく耳にします。定年後の理想として語られる「2拠点暮らし」ですが、実現には相応の準備が必要です。憧れを現実にするための資金計画から、見落としがちな"隠れたコスト"、そして成功させる条件と注意点を、FPの視点から解説します。
なぜ定年後に2拠点暮らしが注目されているのか
「人生100年時代」を迎え、定年後の過ごし方は格段に多様化しています。中でも注目を集めているのが「2拠点暮らし」。都市部に住みながら、地方にもう一つの拠点を持つライフスタイルです。
私のもとを訪れる50代後半から60代前半の女性クライアントの多くが、「海の見える場所に小さな家を構えたい」「避暑地でのんびり過ごしたい」と理想を語ってくれます。完全移住とは異なり、都市部の医療・文化・利便性と、地方の自然・ゆとり・コミュニティの両方を手に入れられる柔軟さが大きな魅力です。
特に健康寿命とされる75歳前後までの10〜15年間は、心身ともに自立して活動的に過ごせる「黄金期」。この貴重な時間をどう充実させるかは、人生の満足度を大きく左右します。2拠点暮らしは、まさにこの期間を最大限に楽しむための選択肢といえるでしょう。
現実を知ろう:必要な費用と見落としがちなコスト
憧れの2拠点暮らしですが、「お金がかかる」ライフスタイルであることは間違いありません。夢を現実にするためには、まず費用の全体像を正確に把握することが不可欠です。
・初期費用
2拠点目を購入する場合、物件価格に加えて登記費用、必要に応じて家具家電の新調やリフォーム代などが発生します。中古物件なら仲介手数料も必要ですし、賃貸を選択しても敷金・礼金・仲介料がかかります。
・維持費用
購入なら固定資産税、物件によっては修繕積立金、管理費が毎年必要です。賃貸でも家賃は継続的な支出になります。また、水道・電気・ガス・インターネットなどのインフラ費用は使用頻度に関わらず基本料金がかかり、2か所分の負担となります。
・移動コスト
軽視されがちなのが移動コストです。高速道路代、ガソリン代、新幹線代、航空運賃など、距離や往復頻度によっては毎月数万円単位になることもあります。移動時間そのものも体力的なコストとなるため、年齢を重ねるにつれて負担が増す点も忘れてはいけません。
・税の注意点
住民税は原則として住民票所在地の自治体に納税します。ただし、もう一方の拠点に家屋敷を所有する場合、地方税法の規定に基づき住民税均等割(家屋敷課税)として年数千円程度が追加で課税されるケースがあります。額は大きくありませんが、維持費の一部として織り込んでおくことが望ましいでしょう。
健康で安心な暮らしを支える環境選びのポイント
2拠点暮らしを検討する際、費用面と同じく重要なのが「健康」と「安心」を支える環境づくりです。
持病の有無に関わらず、普段通う病院や薬局までの距離、専門医療を受けられる総合病院の存在は必須チェック項目です。救急時の対応体制も含めて、安心して暮らせる医療環境が整っているかを確認しましょう。
寒冷地では冬場の水道凍結対策や除雪費用が発生します。温暖な地域でも台風や豪雨などの自然災害リスクは存在します。気候条件と災害対策について、事前にしっかり情報収集することが重要です。
地方では都市部と異なり、近所づきあいが生活の質や安心感に直結することがあります。孤立しないためには、趣味サークルやボランティア活動などを通じて緩やかに関わる姿勢が大切です。
そして何より重要なのが「行き来できる体力があるうちに楽しむ」という視点。高齢になるほど移動そのものが負担となるため、健康寿命を見据えた「今のうちの実現」がポイントになります。