はじめに
一時は“爆売れ”で社会現象にまでなった「ヤクルト1000」。睡眠改善やストレス軽減といった機能性が話題となり、SNSでは「眠れるドリンク」として大流行しました。とくにコロナ明け直後には、どこにいっても売り切れで、なかなか手に入らなかったことを覚えています。ヤクルト本社(2267)の株価も2022年~2023年にかけて大きく上昇しました。
しかし、そんなヤクルトの株価が今、冴えません。2024年以降はじわじわと下落し、2023年の高値からは半値以下に落ち込んでいます。直近では、2021年の安値を更新し、2022年からの上昇はすっかり帳消しとなりました。2025年には決算での下方修正も重なり、市場から厳しい目が向けられています。さらに、アクティビスト(もの言う株主)との対立も表面化しました。
超優良企業と評されることが多かったヤクルトにいったい何が起きているのでしょう?
なぜ株価は下がっているのか? 3つの要因
株価下落の要因は3つ考えられます。
1. ヤクルト1000ブームの“特需”が一巡
2021年に全国発売されたヤクルト1000は、コロナ禍で多くの人が不安やストレスを抱える中、「睡眠の質向上」や「ストレスの緩和」をうたい大ヒットとなりました。しかし、そのブームも一段落。消費者の関心は徐々に落ち着き、販売数量の伸びは鈍化しています。
2024年度、ヤクルト1000(宅配品)の販売計画を前期比6%増の1日あたり230万本、Y1000(店頭品)を同27%増の130万本に設定しましたが、結果はそれぞれ196万本、105万本と未達に終わりました。
これは非常に皮肉な結果です。1000シリーズは人気のあまり品不足が続いていたため、静岡県の富士小山に新工場を設立。2024年1月からフル稼働で生産数を大幅に増やした直後に、ブームがひと段落し、結果的に空回りしてしまった形です。
ヒット商品は企業の成長を押し上げる反面、それに依存しすぎると、反動も大きくなります。まさに今、ヤクルトはその局面にあります。
2. 海外市場の成長鈍化
ヤクルトは海外売上比率が6割を超えるグローバル企業です。中でも成長ドライバーとされていた中国市場で、販売数量が急減しました。2025年4~6月期には、販売ボリュームが前年同期比で20%以上の減少。この背景には、次のような複合的な要因があります。
・中国の消費マインドの低下:経済の先行き不透明感から、機能性飲料など“付加価値型商品”の消費が落ち込んでいる。
・市場競争の激化:現地メーカーが低価格で同様の乳酸菌飲料を投入しており、ブランド力だけではシェアを維持しづらい。
・販売チャネルの制約:中国では宅配販売(ヤクルトレディ)が少なく、コンビニやオンライン販売の強化が後手に回っている。
・価格政策とのミスマッチ:円安から円高への転換で利益が目減りし、値上げに踏み切ったが、消費者には受け入れられにくかった。
ヤクルト自身も、決算説明会の中で「経済・消費環境の低迷、販売チャネル展開の遅れ、乳酸菌飲料市場の縮小傾向」などを販売減少の要因として挙げています。
3. コスト上昇と為替の逆風
世界的な物流費や原材料費の高騰も、収益を圧迫しています。とくに乳酸菌飲料は温度管理や鮮度管理が必要で、流通コストがかさみやすい商品です。
さらに、2025年は円高傾向が進み、海外から得た利益を円に換算した際の目減りも発生しました。これはグローバル展開しているヤクルトにとって大きな逆風です。
こうした状況を反映するかのように、7月29日に、2026年3月期の通期予想の下方修正を発表しました。
営業利益:585億円 → 535億円に減少
売上高:4–6月期は前年同期比で約5%の減収
営業利益率も前年同期の13.1%から9.4%へと落ち込むなど、利益面の悪化が目立ちます。決算説明会では、国内外の販売鈍化、為替、コスト増などが重なったことが主な要因として説明されました。
米ファンドの株主提案──1000億円の自己株買いを拒否
さらに話題になったのが、2025年6月の株主総会です。米投資ファンドが、1年以内に1,000億円規模の自己株買いを求める株主提案を行いました。この提案の狙いは、「株主還元を強化し、株価を押し上げること」。しかし、ヤクルト経営陣はこれに反対し、最終的に提案は否決されました。ヤクルト側はその理由として「長期的な海外投資や新製品開発に資金を回したい」と説明しています。株主との対話姿勢は見せつつも、“守りの経営”ではなく“攻めの成長”を選んだ格好です。
この否決に対して、短期的には投資家の“失望売り”が出ました。「還元期待が外れた」と見る向きがある一方で、経営陣の判断を評価する声もあります。実際、ヤクルトは中国やインド、米国などでの新規投資を進めており、将来に向けた布石を打っている段階。経営資源を株主還元ではなく、成長戦略に振り向けたいという姿勢は理解できます。とはいえ、今後も株主からの圧力が続く可能性は高く、「企業価値とは何か?」を問う議論が続きそうです。