はじめに
「人生100年時代」この言葉を聞いたとき、私たちは長生きに対する喜びと同時に、少しばかりの戸惑いも感じるかもしれません。
2019年に話題となった「老後資金2,000万円問題」の名のもと、「年金だけでは暮らせない」「貯蓄が底をつくのではないか」という不安が社会の根底にあります。長生きすること自体が、長期間にわたるコストのように捉えられ、多くの人にとって不安とともに過ごす重荷となってしまっているのが現状です。
しかし、視点を少し変えると、私たちは人類史上かつてないほどの自由な時間という資産を手に入れた世代ともいえます。この長い時間をリスクではなくチャンスと捉え直し、長寿を味方につけるための現実的かつ前向きなお金の知恵について解説します。
「老後2,000万円」の呪縛を解く、正しく恐れるための現状分析
まずは、不安の根源となっているデータについて、冷静に紐解いていきましょう。厚生労働省の「令和5年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳です。
しかし、これはあくまで「0歳児があと何年生きるか」の平均です。現在60歳の人が生存する確率はさらに高く、90歳、95歳まで生きることは決して稀なケースではありません。
私たちが本当に恐れているのは、「生命としての寿命」よりも先に「資産の寿命」が尽きてしまうことです。「2,000万円不足する」という数字が独り歩きしましたが、あの報告書(金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書)の根拠となったモデルケースは、「夫65歳以上、妻60歳以上の無職世帯」において、毎月約5.5万円の赤字が出るという家計調査のデータでした。
ここでのポイントは2つあります。
1. 全員に当てはまるわけではない: 持ち家の有無、退職金の額、生活水準によって必要額はまったく異なります
2. 赤字は調整可能である: 毎月の赤字額を減らす、あるいは収入を得る期間を延ばすことで、総額としての不足分は劇的に変化します
将来が見えないことによる不安先行もありますから、まずはご自身の現状把握と分析をおこない、足りない分の資産を強化していくことが必要です。では、長寿を支える資産にはどんなものがあるでしょうか。
長寿を支える「3つの資産」の再定義
長寿をチャンスに変えるために必要なのは、お金(金融資産)だけではありません。ファイナンシャルプランニングの視点では、人生を支える資産を以下の3つに分類して考えます。
2. 金融資産: 預貯金、株式、債券など
3. 無形資産: 健康、スキル、人間関係
これらをバランスよく育てることこそが、100年時代の戦略です。
戦略① 「人的資産」の活用:長く働くことの経済効果
最も確実で効果的なインフレ対策は、「長く働くこと」です。 内閣府の「令和6年版高齢社会白書」によると、65歳~69歳の就業率は53.5%、70~74歳では34.5%に達しています。例えば、月10万円の収入を60歳から5年間得るだけで、総額600万円の資産効果があります。この金額を金融資産の運用益で得ようとすれば、元本が数千万円単位で必要になります。
「長く働く」というと「死ぬまで苦役が続く」と捉えられがちですが、現役時代のようなフルタイム・高ストレスな働き方ではなく、ペースを落とし、社会とのつながりを持ちながら収入を得る「ダウンシフト」という働き方が、資金寿命を劇的に延ばします。
戦略② 「金融資産」の活用:時間を味方につける運用
次に、働いて得たお金に「働いてもらう」視点です。長生きするということは、それだけ「運用期間を長く取れる」メリットがあります。
まず、投資の利益がさらに利益を生む「複利」の力は、時間が長いほど威力を発揮します。さらに、短期的には変動する市場も、10年、20年、30年という長期視点で見れば、世界経済の成長に合わせてプラスに転じる可能性が高まります。
2024年から始まった新NISA(少額投資非課税制度)は、この長期投資を後押しする強力な制度です。運用益が非課税になる期間が無期限化されたことで、30代・40代はもちろん、50代・60代から始めても、100歳まで運用しながら取り崩すと考えれば十分な運用期間を確保できます。
また、NISAだけでなく債券や保険・不動産などさまざまな投資先に分散投資し、お金に働いてもらうという思考が、人生100年時代の新常識となりつつあります。
戦略③ 「無形資産」への投資:健康こそ最大の節約
最後に、見落とされがちなのが健康です。 厚生労働省のデータによると、生涯医療費の半分以上は70歳以降にかかるとされています。
健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)を延ばすことは、医療・介護費用の抑制に直結します。 30代~50代のうちから、食事、運動、予防医療にお金をかけることは、将来の支出を減らすための立派な投資となり、節約にもつながります。