はじめに
保険相談の現場で認知症に関する保障の説明をしていると、「認知症になったら、この保険は支払われるんですよね?」という質問をよく受けます。将来の不安に備えるという意味では、認知症に対する経済的な備えは確かに重要です。
しかし、ここにはあまり知られていない大切なポイントがあります。それは、公的介護保険と民間の認知症保障では、判断の基準が大きく異なるということです。
公的介護保険は「生活を支える制度」
公的介護保険は、日常生活にどの程度の支援が必要かという観点で判定されます。要介護認定では、食事や入浴、排せつ、移動、意思疎通など、生活機能の状態が総合的に評価されます。
つまり、医学的な病名の確定よりも、「どれだけ介護が必要か」という実態が重視される制度です。
介護認定の流れとしては、まず市区町村へ申請を行い、その後、主治医の意見書が必要となります。主治医の意見書には病名や症状だけでなく、身体の状態や生活状況なども記入されます。そのため、本人の状況を十分に把握していない場合には、作成が難しいこともあります。
その後、市区町村の職員が自宅や病院を訪問し、生活状況や心身の状態、特別な医療の必要性などを調査します。調査は所定の質問票に基づき、調査員が項目ごとに確認していく形式です。調査内容は大きく分けて次の6項目です。
- 身体機能・起居動作
- 生活機能
- 認知機能
- 精神・行動障害
- 社会生活への適応
- 特別な医療に関する項目
このように、公的介護保険制度は生活の状況に応じて総合的かつ柔軟に判断される仕組みであり、診断名だけで機械的に決まるものではありません。
民間保険は「契約で定めた条件」に基づいて判断される
一方、民間の認知症一時金給付のような特約は、契約で定めた支払事由に該当するかどうかを、客観的な基準で判断する仕組みです。多くの商品では、「器質性認知症と診断確定された場合」という要件が設けられています。
ここでいう器質性認知症とは、単に物忘れが進んだ状態や、認知症のような症状が見られる状態を指すのではありません。脳の変化や障害といった医学的原因が確認され、それによって認知機能の低下が生じていると診断されたものを意味します。
代表的なものとしては、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが挙げられます。
これらは、医師の診察だけでなく、画像検査や神経心理学的検査などを通じて総合的に判断され、はじめて診断が確定します。
なぜ保険ではこのような基準が必要なのか
「生活に支障が出ているのだから、それで支払われてもよいのでは」と感じる方もいるかもしれません。しかし、症状だけを基準にしてしまうと、判断があいまいになってしまいます。
認知機能の低下は、加齢によるものなのか、うつ状態による仮性認知症なのか、薬の影響なのか、あるいは一時的な体調変化なのか、専門的な鑑別が必要です。見た目の様子だけでは原因を特定できないケースも多いのです。
保険は公平性が求められる仕組みです。誰が見ても同じ結論になる客観的な基準が必要になります。そのため、医学的に原因が確認された「器質性認知症」という診断を支払条件とすることで、判断のばらつきを防ぎ、制度としての信頼性を保っています。