はじめに

傷病手当金も減る? 社会保険給付に生じる影響

実際にどの程度影響するのか、モデルケースで見てみましょう。

Aさんの会社は「給与減額型の選択制」を採用しています。現在の給与は42万円、標準報酬月額は41万円です。標準報酬月額とは、4月5月6月の給与の総支給額の平均を一定のルールで「等級」として区分し保険料算定で用いられる金額です。

標準報酬月額41万円のAさんが現在負担している保険料は、健康保険料23,985円(東京都協会けんぽの場合、介護保険料、子ども子育て支援金を含む)、厚生年金保険料37,515円、雇用保険料2,100円、合計63,600円です。

Aさんが確定拠出年金の掛金として、20,000円を拠出したとしましょう。この場合、掛金20,000円は給与から切り出されるので、社会保険料の算定の基となる給与は40万円に減額されます。

しかし、標準報酬月額の等級には幅があり、給与40万円の標準報酬月額は41万円で変わりません。従ってこのケースでは、社会保険料の負担は変わらず63,600円のままですが、所得税、住民税の負担のみ減り資産運用に資金を回すことができます。

では12月からの改正を受け、掛金を60,000円に増額したらどうなるのでしょうか? 42万円の給与は360,000円に減額されます。標準報酬額も36万円に下がり、社会保険料は、健康保険料21,060円、厚生年金保険料32,940円、雇用保険料1,850円、合計55,800円となり、一月あたり7,800円も負担が減ることになります。年間93,600円もの社会保険料の負担が減少するのはとても大きなインパクトといえるでしょう。

このように掛金増額による年間の社会保険料の負担減は、一見すると大きなメリットに見えます。では、給付の減少がどのくらいあるのか試算してみましょう。

標準報酬月額が41万円の場合、傷病手当金は1ヶ月あたり273,330円です。万が一病気やけがで働けなくなった場合、健康保険から傷病手当金が通算1年半受けられます。

標準報酬月額が36万円の場合、傷病手当金は1ヶ月あたり240,000円です。すると月あたり33,330円の給付減、最大1年半の給付額を比較すると約60万円も手当が少なくなる計算です。

他にも出産手当金、育児休業給付金、失業時の基本手当も標準報酬月額をベースに支給されるので同様に影響を受けます。

将来の老齢厚生年金に与えるインパクト

また、社会保険料の減少が長期にわたると老齢厚生年金への影響も顕著になってきます。Aさんのケースでは標準報酬月額の差が5万円、年間にすると60万円です。仮に20年この状態が続くと将来受け取れる老齢厚生年金が65,772円減少します。あくまでも一定の前提条件での試算ですが、65歳から90歳まで受給すると仮定すると164万円以上受け取れる年金額が少なくなります。もちろん拠出期間が長ければ長いほど、この差額は大きくなりますし、繰下げ後の金額や遺族厚生年金、障害厚生年金にも影響します。

ここまで大きな影響がでることを考えると、「老後資金を増やしたい」という気持ちから掛金を引き上げた結果、将来の年金や万一の際の保障まで小さくなってしまうことは、本末転倒になりかねません。

給与減額型の選択制を採用している会社にお勤めの方の場合、そのまま掛金を増額するのが正解ともいえないのではないかと思うのです。

例えば、現在は企業型DC加入者のiDeCo加入要件も緩和され、多くの人が企業型DCとiDeCoを併用できるようになっています。つまり社会保険給付への影響を抑えながら老後資産形成を続けられる可能性があるiDeCoでの掛金増額を検討する余地もあるのではないかということです。

iDeCoの掛金は給与から天引きされるわけではなく、自分の口座から拠出します。そのため、給与減額型のように社会保険料の算定対象となる給与を減らすことはありません。一方で、小規模企業共済等掛金控除の対象となるため、所得税や住民税の軽減効果は期待できます。

これまでは、企業型DCの加入を選ばなければ、iDeCoの掛金は月23,000円が上限でしたが、2027年1月の拠出分からは、企業型DCであってもiDeCoであっても月の掛金上限額は62,000円(併用の場合は合計62,000円)となります。

「節税」という一面に惑わされず、長期のライフプランから逆算しよう

もちろん、どちらが有利かは一概にはいえません。所得税率や住民税率、社会保険給付への考え方、老後資産形成の方針など、人によって最適な選択は異なるでしょう。

しかし少なくとも、「企業型DCだから掛金を増やせばよい」と考えるのではなく、自分の会社が事業主拠出型なのか、それとも給与減額型なのかを確認したうえで判断することが重要です。

企業型DCは会社ごとに制度設計が異なります。同じ「企業型DC加入者」であっても、掛金を増額したときの影響は決して同じではありません。

筆者は給与減額型の選択制DCを否定するつもりはありません。給与の後払いである退職金を積み立てるという考え方に立てば、退職金の積立金はそもそも社会保険料の対象ではないのですから、給与減額型の選択制DCにも一定の合理性があります。

しかし問題は、自分の会社の制度がどのようなものなのか充分理解せず、また社会保険料負担があってこそセーフティネットが構築されているということを充分理解せず、掛金額を増額することにばかり意識を向けてしまうことではないでしょうか。

制度には必ずメリットとデメリットがあります。重要なのは、「節税になる」「社会保険料が安くなる」といった一面だけを見るのではなく、その裏側にある影響まで理解したうえで、自分に合った制度を選ぶことです。

制度改正によって選択肢が広がった今だからこそ、「いくら積み立てるか」だけではなく、「どの制度を使って積み立てるか」まで考える時代になっています。

会社の制度を正しく理解し、自分にとって最適な方法を選ぶこと。それが、老後資産づくりだけでなく、社会保障も含めた長期的なライフプランを考える第一歩になるのではないでしょうか。

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