はじめに
米国では、政府の国債発行とAI企業の大規模投資が、同じ資本市場から長期資金を吸収する構図が強まっています。米財務省は長期国債のバイバックを拡大し、NVIDIAはAIインフラ向けに5000億ドル超の第三者資本を呼び込む構想を発表しました。金利と信用市場から、AI相場の変化を読み解きます。
米政府とAI企業が競う長期資金
米国市場を分析する際、株価や企業業績だけでなく、「誰が、どれだけの資金を必要としているのか」を確認することが、これまで以上に重要になっています。
足元の米国では、政府による巨額の国債発行と、AI企業による大規模な設備投資が、同じ資本市場から資金を吸収する構図が強まりつつあります。
米政府は財政赤字を賄うために国債発行を続けています。一方、Microsoft、Alphabet、Amazon、Metaなどの大手テクノロジー企業も、AIデータセンターや半導体、電力設備、ネットワークへの投資を拡大しており、営業キャッシュフローだけでなく、社債や融資、ファンドなど外部資本の活用を広げています。
政府と企業が同時に長期資金を必要とすれば、年金基金や保険会社、資産運用会社、銀行などは、国債、社債、プライベートクレジット、インフラファンドといった選択肢の中から資金配分を決めることになります。この資金配分の変化は、債券利回りや信用スプレッドだけでなく、将来利益を現在価値に割り引いて評価する株式市場にも影響します。
米財務省の長期債バイバック拡大と金利上昇
そうしたなか、8月19日に米財務省が発表したのが、長期国債のバイバック拡大です。
米財務省は、すでに市場で流通している国債を満期前に買い戻すバイバックについて、10〜20年債と20〜30年債を対象に、1回当たりの買い入れ額を従来予定されていた20億ドルから少なくとも40億ドルへ引き上げる方針を示しました。実施期間は9月9日から11月4日までとされています。
国債のバイバックは、単純に政府債務を減らすためのものではありません。米財務省が2024年に本格的に再開した制度の主な狙いは、国債市場の流動性や取引環境を改善することにあります。
国債市場では、直近に発行され取引が活発な「オン・ザ・ラン」と、発行から時間が経過して取引量が減少した「オフ・ザ・ラン」があります。財務省が流動性の低い既発債を買い戻すことで、市場参加者がポジションを整理しやすくなり、より流動性の高い銘柄へ資金を移しやすくなります。
今回注目すべきなのは、バイバック規模の拡大に加え、長期ゾーンが対象になっている点です。
発表前には米30年国債利回りが5.3%台まで上昇し、2007年以来の高水準となっていました。背景には、米国の財政赤字や国債発行増加への警戒に加え、インフレ見通し、金融政策、景気、地政学リスクなど複数の要因があります。
そのため、このタイミングで財務省が長期債の買い入れ額を増やしたことは、市場にとって一定の安心材料になりました。少なくとも市場では、長期債市場の流動性改善に加え、足元の長期金利上昇に対する一定の安心材料として受け止められました。
バイバックとQEの違いと国債供給への影響
ただし、この措置を過大評価するべきではありません。
今回のバイバックは、FRBによる量的緩和、いわゆるQEとは性格が異なります。QEではFRBが国債などを購入し、中央銀行のバランスシートを拡大することで、金融システムに資金を供給します。
一方、今回国債を買い戻すのは米財務省です。目的も金融緩和ではなく、国債市場の流動性改善や発行構成の調整にあります。
また、バイバックを実施しても、米国の財政赤字そのものが縮小するわけではありません。
政府が引き続き資金を必要とする以上、買い戻しに使った資金を別の年限の国債発行などで賄う必要があります。つまり、国債市場全体の供給圧力がなくなるわけではありません。
今回の買い入れ規模も、30兆ドルを超える米国債市場全体から見れば限定的です。
したがって今回のバイバックは、米長期金利を恒久的に押し下げる政策というより、市場の流動性を改善し、短期的に需給の緊張や流動性プレミアムを和らげる措置と見る方が適切です。