はじめに
株式分割に表れる企業の個人株主戦略

個人投資家を強く意識した例として興味深いのがソフトバンクです。同社は2024年10月に1株を10株に分割しました。会社側は、10年、20年という長期的な時間軸で企業価値向上を一緒に考えてくれる若い個人株主を増やしたいという考えを示しています。さらに、若い世代が購入しやすい金額を調査した結果、「2万円程度」という水準を一つの目安としていたことも説明しています。
ここからわかるのは、株式分割が単なる株価調整ではないということです。
「どのような人に株主になってほしいのか」というIRや資本政策の一部として、分割を使う企業が増えています。任天堂も2022年10月に1株を10株へ分割しました。ソフトバンクグループも過去に複数回株式分割を行っており、2026年1月には1株を4株に分割しています。値がさ株を中心に、株式分割を通じて個人投資家との距離を縮めようとする動きは、珍しいものではなくなりました。
また、流動性が高まれば、売値と買値の差であるビッド・アスクスプレッドが縮小する可能性があります。長期保有する個人株主が増えることで、株主構成が安定する効果も期待できます。
このため株式分割は、企業が資本市場や株主構成をどう考えているのかを見る材料にもなります。
株式分割は株価上昇の材料になるのか
では、投資家として気になる「株式分割は株価上昇材料なのか」という点を考えてみましょう。
株式分割の発表後に株価が上昇するケースはあります。投資単位が下がれば新たな投資家が参加しやすくなり、売買が活発になることが期待されます。ただし、「株式分割した企業の株価が上がった」ことと、「株式分割したから株価が上がった」ことは分けて考える必要があります。そもそも株式分割を行う企業には、それまで業績が拡大し、株価が大きく上昇した結果、投資単位が高くなった企業が多く含まれます。そのため、株式分割銘柄の株価が強かったとしても、その本質的な理由は分割ではなく、利益成長や事業成長だった可能性があります。株式分割をしても売上高は増えません。工場が増えるわけでも、新製品が生まれるわけでもありません。短期的には流動性改善や注目度の上昇によって株価が反応することがありますが、中長期では、最終的に企業のファンダメンタルズへ戻っていきます。
「株式分割をしたから買う」ではなく、「なぜ株式分割をするほど株価が上昇したのか」を見る方が、投資判断としては重要です。
キオクシアの成長を左右するAI需要と半導体サイクル
では、今回のキオクシアをどう考えればよいでしょうか。キオクシアは株式分割に加え、大規模な自社株買いも発表しており、株主還元や資本政策への注目が高まっています。今年はその値動きの大きさでも注目を集めました。
ただ、株式分割そのもの以上に重要なのは、足元の好業績を今後どこまで維持できるのかです。生成AIというと、GPUなど演算用半導体が注目されがちです。しかしAIデータセンターでは、膨大なデータを保存するためのストレージも欠かせません。
AIの利用が拡大し、扱うデータ量が増えれば、データセンター向けSSDやNAND型フラッシュメモリーの需要拡大につながります。
キオクシアも、中長期的にデータセンター・エンタープライズ向けビジネスを拡大する方針を打ち出しています。この構造的な需要拡大を、どこまで実際の売上高や利益成長につなげられるのか。ここが、株式分割よりもはるかに重要なポイントです。
一方で、NAND型フラッシュメモリーには市況商品の側面があります。需要が強く供給が不足すれば価格が上昇し、メーカーの利益率は大きく改善します。しかし価格上昇を受けて各社が設備投資を増やし、その後に需要が鈍化すると、供給過剰となって価格が下落します。いわゆる半導体サイクルです。このため半導体株では、単純なPERだけで割安かどうかを判断しにくい場面があります。市況のピークでは利益が急増するため、株価がかなり上昇していてもPERが低く見えることがあります。「PERが低いから割安」と思って購入したら、実は利益のピークだったということもあります。反対に市況の底では利益が落ち込み、PERだけを見ると割高に見える場合があります。
こうした銘柄では、直近1年間の利益だけではなく、中期的な平均利益を想定しながら企業価値を見る視点が重要です。キオクシアについても、現在の高い利益率が一時的な市況要因によるものなのか、それともAIデータセンター需要などを背景に構造的な高収益企業へ変化しているのかを見極める必要があります。NAND価格、出荷数量、データセンター需要、在庫、設備投資、利益率などを合わせて見ることが欠かせません。