はじめに

携帯端末の次世代通信規格・5Gの導入が早まりそうです。これまで日本で5Gが始まるのは東京オリンピックが開催される2020年だとされていました。が、欧州や米国では1年前倒しの2019年になりそうだというニュースが入ってきて、一気に携帯業界がざわついてきました。

海外勢が5Gを始めれば、日本も遅れているわけにはいかないのです。なぜそうなのでしょうか。そして、5Gが始まることで日本経済にはどんな変化が起きるのでしょうか。


バルセロナ発の衝撃ニュース

2月末にスペインのバルセロナで開催された世界最大のモバイル機器見本市「モバイル・ワールド・コングレス」。各国のモバイル通信事業者や通信機器メーカーが相次いで、次世代通信規格である5Gの商用化時期の前倒しを表明しました。

米国では、ベライゾンとAT&Tの通信大手2社が今年中に商用化に踏み切り、TモバイルUSも2019年に商用化を前倒しにするそうです。欧州でも、ボーダフォンやオレンジといった有力モバイル通信会社が今年中に5Gの試験運用を開始します。

このニュースを耳にした日本勢も、一斉にサービスの前倒しの検討に入ったようです。しかしなぜ、欧米のネットワークが5Gに移行することで、日本も慌てて追随する必要があるのでしょうか。それは5Gのアプリケーション(使われ方)と大きく関係しています。

次世代ネットワーク5Gの特長は3つあります。「高速大容量」、通信の遅れがほとんど発生しない「低遅延」、そして1平方キロメートルの範囲内に存在する端末100万台が同時に接続できるという「多数端末接続」です。

そして、それらの技術を必要とするのは、これまでの携帯ユーザーである人間というよりも、むしろ新しいユーザーであるIoT(モノのインターネット)やコネクテッドカーと呼ばれる機械たちなのです。

5Gの需要とは何なのか

今回のバルセロナでの出来事について、日本のモバイル通信各社は自分たちの想定と外れたグローバルの動きに直面してしまったのではないかと考えられます。というのも、これまでNTTドコモなど日本勢の発表を聞く限りでは、5Gの最初のうちの利用法は高速大容量だけにとどまると想定していたようなのです。

高速大容量の利用者は、簡単にいうと映像系の事業者。日本でいえばAbemaTVのような動画提供者かゲームの提供会社であって、ユーザーはこれまでと同じ人間です。確かにこれらの用途ではネットワークが5Gになると助かるでしょうが、現行の4GやLTEでも利便性が違うかというと、ストレスが減るぐらいの違いでしかないと思われます。

低遅延というキーワードも、オンラインゲームを別々の仲間と楽しむ場合にはネットワーク遅延が少ないほうが、よりリアルタイムでゲームを楽しむことができます。それでもゲームの場合、4Gが致命的に遅延に影響してくるかというと、そういうわけではないでしょう。

しかし、これから新しく始まる「機械がネットワークにつながる新しい利用法」では、5Gの特長である低遅延と多端末接続が重要になってきます。

5Gは機械の遠隔操作を可能にする

たとえば、機械を遠隔操作することを考えてみましょう。手術ロボットの操作を遠隔地にいる医師が行う場合とか、大型ドローンに乗客を乗せてそれを遠隔地からパイロットが捜査するようなケースです。このような場合、わずかなネットワーク遅延が致命的な対応遅れになるケースが出てくることは、容易に想像できると思います。

無人のコネクテッドカーを外部から操作するといった、手術や飛行よりもネットワーク遅延が致命的でないような場合でも、5Gの低遅延のほうが望まれるのは間違いないでしょう。5Gの技術と自動運転がミックスされる頃には、福島原発のガレキの山を外部から建設機械を操作して除去するといった活用もできるようになります。

これはIoTでも同じです。工場で稼働する機器や部品がネットワークにつながることで生産性が格段に高まるのがIoTです。次世代通信ネットワークの利用者としては、最大のイノベーションをもたらすプレーヤーだと言われています。

それでも日本のモバイル通信各社は、5Gは2020年で十分だと考えていたようです。理由は、コンセプト的には考え方が進んでいても、まだそれがどのように実現されるのかについては実験段階だったり検討段階だったりというのが日本企業の実情だったからです。

IoTについては、本格的に商用化されるのは2020年以降でしょう。コネクテッドカーについても、自動運転車は2022年にならないと登場しないはず。ましてや、人を乗せたドローンや遠隔手術は、わが国での導入はまだまだ先でしょう。通信業界の認識としては、本格的な5Gの適用領域の広がりはそれくらい後だと認識していたようです。

大きな投資景気がこれからはじまる

しかし、バルセロナで欧米各社、そして中国企業が5Gの導入の前倒しを発表したことで、前提が大きく崩れました。日本だけが5Gの商用化に遅れてしまうと、グローバル市場での競争力が大きく後退してしまうのです。

仮に中国の工場が高度にIoT化されたハイテク工場になって、日本の工場がまだ人力で管理する状況のままだったとしたら、産業としてどちらの競争力が高いでしょうか。5Gに出遅れてしまうと、そんな事態が起きるかもしれないのです。

ですから、おそらく既存のモバイル3社に新規参入の楽天を加えた国内4社は、計画を大幅に前倒しして、2019年内の5Gの商用化を近々発表することになると思います。

そして、このことは日本経済にプラスの恩恵をもたらします。すでに京セラが世界の5G需要の前倒しをにらんで、設備投資額をITバブル期並みの1,000億円に積み増すことを発表しています。携帯ネットワークや通信機器にかかわるメーカー各社も、まもなくそれに追随することになるでしょう。

携帯各社のネットワーク投資だけで、これから数兆円規模の新規需要が発生します。さらに通信機器メーカーも、ユーザーが5G対応の機器に切り替えることによる大きな需要を見込めます。

バブル崩壊後の日本経済を支えてきた大きな柱の1つは、携帯各社の生み出す新規の設備投資でした。5Gが1年早まったということは、日本経済に特需が見込まれる時期も1年早まったということです。5Gの前倒し報道は、これからの景気に劇的な影響を及ぼす一大ニュースになるかもしれません。

(写真:ロイター/アフロ)

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