はじめに

日本銀行の黒田東彦総裁の続投が決まりました。就任当時の日経平均1万2,000円台が、3月8日時点で2万1,000円台と大きく上昇しており、株式市場的にはプラス評価でしょう。一方で日銀金融政策のマイナス影響への指摘もありますし、追加策が見当たらず限界論も聞かれます。

そもそも日銀政策がどういう効果があったのか、次の5年に何が期待できるのでしょうか。


実は日銀の供給資金は使われていない

黒田総裁就任後の日銀の金融政策は、規模が巨額なために「黒田バズーカ」とか「異次元緩和」と呼ばれています。基本的には銀行などから国債などの有価証券を買い上げて銀行などに資金を供給し、個人や民間企業への融資が行きわたりやすくする政策です。資金をだぶつかせることで貸出金利も下がりやすくなり、借り手の負担も減少します。

国内銀行の貸出金は、2012年末から2017年末の5年間で429兆円→501兆円と72兆円増えました。ところが、同じ期間に預金と譲渡性預金を合わせた資金量は643兆円→794兆円の151兆円増と貸出金増加を上回っています。

一方で、有価証券は日銀に売り渡したことで72兆円も減少。余った資金は日銀当座預金を中心とする現金預け金となり、30兆円→233兆円と急増しています。日銀が供給した資金は使われていないようです。

カネ余りの日本、日銀マネーは不要

昭和時代の銀行は預金残高を貸出金残高が上回っており、日銀の資金供給量の増減が貸出余力に影響していました。ところが、2000年頃を境に預金が貸出金を上回るようになっています。

企業のキャッシュフロー管理の高度化や、バブルの反省から有利子負債をむやみに増やさなくなったことが背景にあります。日本経済の低成長も影響していそうです。

そして一時的に解除された時期はあるものの、日銀のゼロ金利政策は1999年からです。すでに貸出金利が十分に低いので、さらに低下しても借りる意欲は刺激されないようです。

意外な副産物1:金利差で円安

それでもまったく効果がないわけではありません。円安になりやすいのです。市場マネーは景気の強いほう、金利の高いほうに流れる傾向にあります。日本の金利が下がれば、円が売られやすい=円安となりやすいのです。2012年11月は1ドル=80円前後だったのが、ピークの2015年夏に120円を超える円安となり、直近でも106円前後です。

ただし、欧米の利上げとセットで初めて効果

しかし、日本の金利が下がっても、欧米の金利も同時に下がれば円安にはならないでしょう。実はこの5年間で、欧米は日本と同じ金融緩和から「金利引き上げ」と「緩和縮小」に動き始めました。日本と欧米の金利差が開く方向に動いたことで、円安となったわけです。

意外な副産物2:資産効果、ETF買いもプラス

円安は経常黒字国の日本経済にはプラスです。企業業績がプラスなら、株価も上がりやすくなります。日銀によるETF(上場投資信託)買いも株価を押し上げた可能性があります。この株価上昇は消費拡大につながりやすいことが知られています。「資産効果」と呼ばれる現象です。

意外な副産物3:アナウンスメント効果

また、忘れてはならないのが「アナウンスメント効果」。金融政策の変更を大々的に発表することで、市場の期待を盛り上げることです。実は「黒田バズーカ」の正体はこれが中心だったような気もします。

弊害はありあり。被害者は銀行と保険会社

この金融政策は弊害もあります。1つは国債の流動性低下です。2017年末の国債発行残高は927兆円ですが、日銀の保有額は2012年末74兆円→2017年末407兆円とかなりの部分を占めています。国債は銀行間取引の担保としても使われるのですが、将来的に足りなくなる可能性があります。

銀行の貸出金利低下も深刻です。国内銀行の貸出平均金利は1990年代の2~4%から低下が続いており、2012年末に1.36%、2017年末は0.95%です。さきほどの貸出金残高で計算すると、利息収入は2012年5.85兆円→2017年4.74兆円と1兆円を超える減収です。保有有価証券も残高縮小×利回り低下で減収です。有価証券運用が主体の保険会社も同様です。

ほかにも、日銀が購入するETFについても中央銀行が持つべきか問題視する声もありますし、人為的に資産効果を産み出すことがバブルにつながる懸念も指摘されています。

次の展開:過剰な期待は禁物

では、次の5年に何が期待できるのでしょうか。マイナス金利をこれ以上押し下げても、資金供給量を増やしても、実体経済への直接的な影響はなさそうです。

欧米との金利差にしても「日本=マイナス金利」「欧米は緩やかな利上げ+緩やかな資産圧縮」はすでに市場に認識済みで、期待値で押し上げられていた円安はすでに1ドル=110円を割り込んでいます。直近では米国の財政懸念やさまざまな不安から、“安全資産”の円が買われる傾向が見られ、円安に戻りにくくなっています。

そして実は「黒田バズーカ」の株価への影響は「ほとんどない」か「短命」です。2013年前半の上昇は前任の白川方明総裁の金融緩和と米金融政策の影響が大きく、黒田バズーカ後の株価上昇は3、4ヵ月で戻りました。

2014年末から翌年は黒田バズーカではなく、ECB(欧州中央銀行)の金融緩和後に上昇しています。2016年のマイナス金利や長期金利操作も株価への影響は感じられませんでした。その後の米大統領選と米FRB(連邦準備制度理事会)利上げ、OPEC(石油輸出国機構)減産合意による原油高が大幅上昇につながりました。

現時点では日本も欧米も世界全体も景気は安定しているので、追加施策の必要はなさそうです。一方で、アナウンスメント効果に頼っている部分があるため、「日銀政策は効果がない」と思われてしまうと、株価下落のリスクが出てしまいます。

黒田総裁は次の5年も「効果がある」という強気のポーズを取り続ける可能性が高いでしょう。しかし、何かあった時に日銀が取れる選択肢はあまりないように思われます。過度な期待は持たないほうがよいと思います。それよりも、北朝鮮リスクや原油価格動向を気にしておいたほうがよいかもしれません。

(文:松井証券 ストラテジスト 田村晋一 写真:ロイター/アフロ)

この記事の感想を教えてください。