はじめに
私がプロピッカーを務めているニュース共有サービス「NewsPicks」に、ライブドア、LINEなどで執行役員を務め、スタートトゥデイ(ZOZOTOWN)に転身された田端信太朗さんが就活生に向けて語った「22歳だったら、日銀経由で仮想通貨業界に行く」という記事が、今週掲載されました。
題名に惹かれた面もあって読み始めてみると、純粋に面白い記事で、一気に読み終わりました。心に響く言葉がいくつもありましたが、全体としてすんなり受け入れられないものが残りました。それは、就活生の皆さんに「これをこのまま受け取って欲しくない」という気持ちでした。
私のことを書いた記事?
私は23歳で日本銀行に入り、23年間日銀マンとして勤務し、この間、金融庁への2年間の出向などを経て、昨年9月からマネーフォワードに転職。現在は執行役員として、仮想通貨・ブロックチェーン事業の立ち上げなどを担当しています。
ですので、田端さんの記事のタイトルを読んで、一瞬「これは私のことを語っていただいたものなのか」と錯覚しました。読み終わってみると、もちろん、私のことを書いていただいたわけではありませんでした(笑)。
田端さんは「私がいま22歳だったら」というくだりでこう語っています。
私なら例えば一度は日銀に勤めるかもしれません。仮想通貨を語るときに「日銀出身です」と言うだけで説得力が増し、世間の受け取り方が違うはずだからです。2~3年もいれば十分だとは思いますが、「体制側」の中の空気を吸い、“通貨の番人”の考え方を分かった上で、それをディスラプトする側に回ってみるのもいいと思います。
私は田端さんのインタビューの多くの部分には、田端さんご自身のご経験に基づく一定の真理が含まれていると感じています。ただ、この言葉に関しては、就職活動をされている方にはそのまま受け取って欲しくないと感じました。
具体的には、「『日銀出身です』と言うだけで説得力が増し、世間の受け取り方が違うはず」という点と、「2〜3年もいれば十分」という点に違和感を覚えました。
実社会では、箔を付ける目的で日銀に入り、数年で転職した人が、世間の信用を得て成功するかどうかは一概にはいえないように思われます。むしろ、「せっかく日銀に入ったのに数年で辞めるような中途半端な人」と受け取られるリスクもあるのではないでしょうか。
もし、就活生の皆さんが、日銀のような大きな組織で最初の2〜3年で箔を付ければ世間を渡っていけるように考えるとすると、非常にリスキーに感じられます。
田端さんが語る本質
田端さんは自らの経験を基に、こう語っています。
NTTデータのようなお堅い大企業で勤めた経験が無駄だったとは思っていません。
田端さんの記事が示唆に富んでいて、純粋に面白いのは、田端さんがNTTデータやリクルートで箔を付けたからではなく、田端さんがその組織やそこで経験した仕事に正面から向き合いながら、その時その時を真剣に戦い、ついには本質をつかみ取って成功を収める、そうした経験を何度も重ねてきたからなのだと思います。
その人が世間から信用され、大きなプロジェクトを任せてもらえるかどうかは、その人の中身なのだと思います。
その組織でしか経験できないこと
田端さんはこうも語っています。
業務経験というのは、カネでは買えない
日銀は日本で唯一の中央銀行であり、そこでしか体験できない業務経験があります。私も新人時代にお札(日本銀行券)の発行と収納の現場で勤務しました。
リーマンショック後には、外資系金融機関の資金繰りがショートしないように毎朝ハラハラしながらモニタリングしました。金融機関の考査(立ち入り検査)では、経営陣や最先端の金融業務の担当者と真剣に議論しました。
これらの仕事は、日銀でしか経験できないものであり、私の貴重な財産になりました。もちろん、これ以外にも日銀には、金融政策、為替介入、国債買い入れオペレーションなど、日本では日銀でしか経験できない仕事が数多くあります。私は23年間、日銀に勤務しましたが、日銀固有の業務をすべて体験するにはまったく足りませんでした。
私が知っている「日銀経由」で成功している方々の多くは、ある程度時間をかけて、こうした日銀固有の業務を体験しながら、しっかりと日銀でのキャリアを積み重ね、日銀という組織だけでなく日本全体に貢献した自信と、その経験から得た問題意識を持って転身した方のように思われます。
悔いのない人生を歩んでいくために
日銀や官庁を目指そうという方は、誰でもが入れるわけではない組織という自負を胸に、そこでしか体験できない業務経験を存分に味わい尽くしてほしいと思います。
「退屈な成功より刺激的な失敗」――。田端さんのこの言葉は、変化の時代に社会にこぎ出そうという就活生の皆さんに対する、「失敗を恐れるな」というメッセージだと感じました。言い換えれば、「一度しかない人生をゼロから立ち上げる覚悟」と「失敗しても何度でもチャレンジするしなやかさ」というベンチャー精神が重要だということでしょう。
そして、このベンチャー精神を常に胸に抱いて進んで行けば、日銀でも、官庁でも、大企業でも、そしてもちろんベンチャー起業家としてでも、社会人としてのスタートをどこで始めたとしても、きっと悔いのない人生を歩んでいけるのだ、という田端さんから就活生の皆さんへの大いなるエールだと思います。
就活生の皆さん、勇気を持って、信じた道を進んでください。