はじめに
「かわいい」「これもかわいい」――。3月20日の昼休み、大勢の20~30代の女性がたくさんの洋服を手に、鏡の前でコーディネートを見せ合っていました。
約400着の洋服がかけられたスペースの横には、インスタ映えする試着写真を自撮りできるスペースも設置されています。その様子はさながら、百貨店などで開催されるアパレルショップの企画展示のようです。
でも、この場所、実は東京・大手町のオフィスビルの一角。業界でも初めてだという、アパレルブランドがオフィスに出向く「出張クローゼット」は、どんな狙いで開催されたのでしょうか。
「出張クローゼット」はどんな企画?
「グローバルワーク」や「ニコアンド」など、複数のアパレルブランドを傘下に抱えるアダストリア。その同社が20代後半~30代の働く女性をターゲットに展開する「Andemiu(アンデミュウ)」が、今回の出張クローゼット「FIT ON ME」を企画しました。
開催されたのは、3月20日と22~23日の3日間。対象は人材サービス大手・パーソルキャリアに勤務する、すべての女性社員です。
同社の大手町オフィスの特設会場では、約400着の洋服を展示。自分の気に入ったものが見つかれば、試着して、アンケートに回答すると、1人に1着がプレゼントされるという流れです。
提供された洋服は、トップスだと1着6,900円程度、アウターだと1万5,000円前後。女性が日常的に働く空間で着やすいもの、使いまわしがしやすいものを中心に取りそろえたといいます。
“働く女性”に直接アプローチ
今回の企画は、アダストリアからパーソルキャリアに昨年秋頃に持ち込まれました。他にも複数の企業と相談しましたが、「自分たちの思いに共感してもらえる企業を探すのに一番時間がかかりました」と、アダストリアの栄木雅人アンデミュウ営業部長は振り返ります。
同社がこの企画に込めた狙いは、アンデミュウの主要ターゲットとしている“働く女性”に直接アプローチできるタッチポイントを作り、自分たちのブランドとの新しい出合い方を体験してもらう、というものです。
ネット通販が普及するに伴い、アパレル業界では店舗で商品が売れない時代と言われるようになりました。こうした中で、自分たちのコンセプトに合致する人たちに商品を体験してもらう場所を提供することが、何よりも重要になっています。
一方で、アンデミュウがターゲットとする“働く女性”は、仕事をしながら家事をこなすことも求められ、自由に使える時間が限られているのが現状。「アパレルショップに行きたいのに行けない時、会社の中に店舗が現れたら、働く女性の時間短縮につながり、育児や家事、夫婦の時間をたくさん取ろうと考えるきっかけになるのではないか、と考えました」(栄木部長)。
とはいえ、今回が業界初の試みとなったのは、それだけ「相当な労力がかかり、費用対効果が見出しにくかった」(同)から。それでも企画が実現したのは、ブランドの利益に直結させるためではなく、まずは自分たちの活動を浸透させようと割り切ったためだと、栄木部長は言います。
「女性の働き方を豊かにするからこそ、僕らのブランドを選んでもらえる方向に発展していけばいい」(同)
アパレルの販売手法を変えるか
企画を持ち込まれた側のパーソルキャリアにも、1つの狙いがありました。
同社では、1年ほど前に服装規定を自由化しました。「自分らしく働く」というコンセプトの下で進められた組織改革の一環として、TPOに合わせて洋服を選べるようにしたのですが、一方で「何を着たらいいのかわからない」という声が社内から上がりました。
「自分らしさの中には服装も含まれています。今回の企画で女性社員のモチベーションを引き上げることで、社員のエネルギーを最大化させていきたいと考えています」(パーソルキャリア人材紹介事業部の川嶋由美子ゼネラルマネジャー)。
同社では、全国に約2,000人の女性社員がいます。「全国的に定期的に開催するという話につながる可能性もあります」と、川嶋ゼネラルマネジャーは話します。
並々ならぬ熱気に包まれた開催初日の様子を目にして、アダストリアの栄木部長は「何か新しいことができる可能性を感じた」と言います。そのうえで、「他業界では、すでに会社内での置き菓子販売サービスなどがあります。そういう手法をアパレル業界で取り入れていなかっただけの話。今後は販売も視野に入れていきたい」と語ります。
この日の熱狂は、アパレル業界の販売手法を変えるきっかけとなるのでしょうか。リアル店舗で確認した商品を、ネット通販で割安に購入する「ショールーミング」という消費者行動がじわり拡大を続けている中で、こうした取り組みは今後も広がりを見せていくかもしれません。