はじめに

会場に詰めかけたメディアの数は211社、348人。ぎゅうぎゅう詰めになった記者会見場は、この選手の注目度の高さを示していました。

スペインの名門「FCバルセロナ」からJリーグ「ヴィッセル神戸」への完全移籍が決まった、アンドレス・イニエスタ選手。バルセロナで同僚だったリオネル・メッシ選手のようなド派手なプレーはないものの、スルスルと相手選手の間をすり抜けていくドリブルや、機を見るに敏なゲームメイクは、まさに玄人好み。間違いなく世界最高峰の選手の1人です。

しかし、その注目度とは反比例して、この日の会見は非常に残念なものでした。30分の予定だった会見は10分近く遅れてスタート。あいさつに立った運営会社「楽天ヴィッセル神戸」の三木谷浩史会長は、英語と日本語で同じ内容のコメントを繰り返すという、中東サッカー並みの時間稼ぎを披露。報道陣から受け付けた質問は2問だけ、という状況でした。

それでも会見の端々には、イニエスタ選手獲得の狙いが垣間見える部分もありました。ヴィッセル神戸と親会社である楽天は、世界最高峰のプレーヤーとともに、どんな“ゲームプラン”を描いているのでしょうか。


三木谷会長「バルサの保守本流」

「イニエスタ選手が日本の社会や人々をエンパワーしてくれると信じ、交渉してきました。今日を迎えられて、本当に感動しています」――。5月24日に都内で開かれた「ヴィッセル神戸、新加入予定選手に関する記者会見」。三木谷会長のスピーチに続いて、この日の主役が登壇しました。

壇上で契約書にサインした後、「われわれはこのプロジェクトの中で、もう一歩前進したいと思っています。このクラブとJリーグがアジア全体に広がるよう、力をお貸ししたい」と語った、イニエスタ選手。

身長は171センチメートルと大柄ではなく、外見はあまり華のあるタイプではありません。過去にFIFAクラブワールドカップで来日した際は、東京の地下鉄に乗っていたのに乗客が誰も気づいていないという写真がSNS上に掲載されたことで話題にもなりました。

しかし、サッカー選手としては2015年からバルセロナでキャプテンを務め、昨年にはクラブ史上初めて「生涯契約」を締結。2010年のワールドカップでは母国のスペインを初優勝に導くなど、輝かしいキャリアを歩んできました。育成で定評のあるバルセロナの下部組織出身でもあり、三木谷会長は「バルサの保守本流」と評します。

ユースやリーグへの還元を期待

そんな名選手なのだから、年俸もさぞかし高額なはず。この日の会見では時間の制約もあり、契約に関する話は出ませんでしたが、各種報道では「3年契約で年俸は32.5億円」などと報じられています。

現役Jリーガーでは、同じくヴィッセル神戸のルーカス・ポドルスキ選手が年俸6.4億円でトップとされてきましたが、イニエスタ選手は実にその5倍。はたして、費用に見合った投資なのか、という疑問が沸き起こります。

楽天はどんな戦略を描いているのか。そのヒントとなりそうな要素が、三木谷会長のコメントに散りばめられていました。

「キャプテンとしてチームを率いてきた哲学や、バルサの持つDNAが注入されると、大きな刺激になります。単にチーム力の向上だけでなく、ユース年代のアカデミーへのメソッド導入などを含めて、次世代の育成にも期待しています」


会見で紹介された下部組織に対するイニエスタ選手加入の効果

つまり、単に1人の名選手を獲得したというだけにとどまらず、同僚を引っ張り、チームを牽引する存在、また、12歳から22年間所属してきたバルセロナでのノウハウを、下部組織も含めたクラブ全体に対して注入してほしい、というわけです。

三木谷会長の“ヒント”は他にもあります。

「イニエスタ選手は7,400万人のSNSフォロワーを誇り、世界的にも強い発信力・影響力があります。Jリーグ全体が世界から注目を浴びることができるような仕掛けも、どんどん作っていけたら」

このコメントからは、インフルエンサーとしてのイニエスタ選手の影響力を生かし、Jリーグはもとより、楽天としてのビジネス拡大にもつなげようという意図も見え隠れします。

求められる広範な役割

これらを総合すると、イニエスタ選手にはプレーヤーとしての貢献だけでなく、クラブ全体の指導者的役割や、Jリーグの認知度を世界的に高めるためのマーケティング要員、そして楽天のグローバル戦略における強力なサポーターとしての役目が求められているようです。

楽天の有価証券報告書によれば、同社の2017年度の広告宣伝費と販売促進費の合計金額は1,523億円。上記のような広範な役割を考えれば、年俸32.5億円の3年契約は決してペイしない金額ではない、というのが三木谷会長の考えかもしれません。

「イニエスタという“一滴”がJリーグ全体に大きな影響を与え、日本のサッカーにも大きな影響になるのではないでしょうか。Jリーグが世界の人たちの見たいリーグになる。イニエスタ選手以外の現役有名選手が日本でプレーしたくなるというトレンドも起こる。若い選手が刺激されるだけでなく、子供たちの憧れ、夢が出てくることを期待して、思い切ってやりました」

そう語る三木谷会長の思いが、3年後のヴィッセル神戸とJリーグにおいて、どんな形で結実しているのか。今から楽しみでなりません。