はじめに

「ゴール」を設定し実行する

情報収集ができたら、集めた情報を整理し、誰に、何を伝え、どうしたいのか。つまり「ゴール」を設定し、実行する手段を考え、実行します。

会見は手段にすぎませんが、伝えたいことを伝えたい相手に効果的に伝える、貴重な機会でもあります。

その意味で、宮川選手の会見は文字通りパーフェクトでした。ケガをさせた選手に謝罪をし、事実関係を明らかにし、自分の責任の取り方を表明する。これをブレることなく、完璧にやり遂げました。

一方、内田前監督らの会見も、大塚吉兵衛学長の会見も、いずれも前述のプロセスを踏んだ形跡が見られません。大塚学長は日大の理事でもあるので意思決定機関の構成員ではありますが、最高責任者である田中英寿理事長が会見に出てこない時点でアウトです。


東京・千代田区にある日本大学会館(本部、写真:ロイター/アフロ)

そもそも“第一歩”であるステークホルダーの洗い出しも、必要な情報収集も、やった形跡がありません。当事者にすらヒアリングをかけていないのですから、ゴールを決める段階に至らないのは当然です。

ステークホルダーの洗い出しが行われていない影響は、至るところに現れています。教職員組合が大学を批判する声明を出しています。関東学生アメフト連盟は、早々に内田前監督と井上奨前コーチの除名処分を下しました。大学側がロクな調査も説明もしないうちに、周囲のステークホルダーはどんどん動いています。

日大の学生もメディアの取材に応じています。よりによって、危機管理学部の学生まで取材に応じています。理事会から危機管理学部に応援依頼がなかった、と答えているのですが、危機管理学部の学生がそんなことをメディアに話すこと自体、危機管理のイロハを理解していない証拠です。

本来なら、理事会から学生に対し、メディアの取材は直接受けず、大学広報を通させるといったことを徹底しておかなければなりませんでした。

記者を広報にスカウトする組織の本音

ところで、内田前監督の会見の際、会見を途中で打ち切った広報の米倉久邦氏も火だるまになりました。テレビカメラが回っているところで記者の質問を遮り、言い争うという失態を演じました。テレビ局にとっては滅多にお目にかかれない、「おいしい絵を取らせてくれた被写体」だったはずです。

しかも、この米倉氏、かつては共同通信の記者でした。メディアの行動様式を理解しているはずの人が、あのような失態を演じてしまったのです。米倉氏がどういう立ち位置であの会見に臨んだのかは知るよしもありませんが、危機管理広報のイロハをまったく理解していなかったことだけは間違いありません。

必要な準備をまったくしていないことを危惧しながら臨んだのであれば、あの対応はありえません。不祥事の会見は、何時間でも記者に付き合う、エンドレスが常識です。同じ質問が繰り返されていると言ってキレるなど、論外です。

今に始まったことではありませんが、自社を取材していた記者を広報担当にスカウトする企業は一定程度存在しますが、実は記者は最も広報担当に向かない、というのが危機管理のプロの常識です。記者は表面的にしか、その会社を理解していないからです。


記者を広報として雇う企業もあるが、危機管理のプロは効果に疑問符

中には製造や営業など、現場を一定年数経験させるなどして育てる会社も、あるにはあります。が、記者を雇う会社というのは、往々にして記者ならば記者をコントロールできるのではないか、つまり都合の悪いことを書かれないで済むようにできるのではないか、と考えています。

不祥事まみれの某大企業も昨年、「メディアコントロールができる広報担当」と銘打って広報担当を公募し、危機管理のプロから失笑を買いました。

「記者をコントロールできます」と言って、企業に売り込んで雇ってもらう記者も中にはいるようですが、記者をコントロールすることは100%不可能、というのが真っ当な危機管理のプロの常識です。コントロールできないということを前提に作戦を立て、実行するのが、危機管理のプロなのです。

つまり、記者を広報担当として雇う組織は、無理難題を広報担当に求める傾向があるのです。米倉氏も「元記者なんだから何とかしろ」程度の指示を受け、本人もあまり危機意識なく、あの場に臨んだのだとしたら、あの結果は必然だったということでしょう。

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