はじめに

精子は卵子より質の均一性に欠ける

見逃されている問題点として、精子は質の均一性に欠けている特殊な細胞であることについても黒田さんは指摘します。卵子はお母さんのおなかにいる時、細胞が若くて元気な時に卵巣内に全て産生・準備され、思春期になると毎月一つずつ排卵します。

「精子も思春期以降に産生が盛んになりますが、精子はともかくたくさん造らなくてはならないために、どちらかと言うと粗製濫造(そせいらんぞう)。この点が明らかに卵子の形成とは異なります」と黒田さんは言います。

「私の研究からも、体内の他の細胞では考えられないくらい、精子は様々な異常を持ったまま造られてくることが明らかになりました。精子は卵子と違い、動かない細胞から運動能力まで獲得するような劇的変化をする、体の中でも非常に特殊な細胞です。精子が造られる過程で卵子より複数の遺伝子が複雑に関与しているのです」

そもそも男性不妊とは、主に「造精(ぞうせい)機能障害、つまり精子形成障害」「精路通過障害」「副性器機能障害」の3つのカテゴリーに大きく分けられます。

一方で、男性不妊の約9割を造精機能障害が占めています。無精子症や乏精子症などの言葉を聞いたことがあると思いますが、残念ながらこれらの造精機能障害のほとんどはまだ原因不明。黒田さんが指摘するようにヒトの精子形成過程には、様々な遺伝子が複雑に関係しているので、簡単に原因究明ができないからです。

こうしたこともあり、妊娠・出産において人間の手を加えるのであれば、単純に「精子が悪いから、顕微授精する」のは本筋ではありません。精液の段階では状態が悪かったが、高度な技術で質の良い精子をより分け、最終的にできる限り精子の質に関して細かく精密検査をする。その上で「この精子だったら穿刺しても大丈夫」と判定してから、顕微授精を勧める。「 厳密な精子の品質管理こそが、安全な顕微授精の前提 です」と黒田さんは繰り返します。

「精子の老化」と「卵子の老化」の違い

最近、「卵子の老化」とともに「精子の老化」が話題になっています。黒田さんは「この老化の話にも、いろいろな誤解がある」と言います。

「一般的に言われている35歳を過ぎると卵子が老化するという説は、半分本当ですが、半分誤解。私も平均値として、35歳過ぎた女性が妊娠しにくくなるというのは妥当だと思いますが、一方では早発閉経のように20代で閉経する方もあり、また一方では40代後半でも避妊していないと妊娠してしまう方もいます。重要なのは自分がどちらの側なのか。平均値はあまり関係ありません」

また、黒田さんは精子については「精子も多少は年齢に伴って老化することもあると思います。しかし、2つの点で卵子の老化とは明らかに違う」と言います。

一つは高齢化の歩調です。恐らく年齢と共に少しずつ老化した精子の割合が増えていくのだと思われるが、「精子は数が多く、その都度、作られるので、卵子のように高齢化に伴って歩調をそろえて一斉に老化することはない」という点です。

もう一つは、精子を造る遺伝子の問題です。精子がうまく造れなかったり、数が少ない造精機能障害は年齢というより、精子形成に関わる複数の遺伝子が複雑に関与しています。「精子をうまく造れないということは、単に老化による問題で精子の産生量が減る(精子数の減少)ということではなく、様々な質の異常を伴います」

以上をまとめると、20代でも精子の質が悪い人、60代以上でも精子の質が良くて妊娠させられる男性もいるということ。『(精子も老化するので)若ければ精子の質がいい』という単純な話ではない」ということです。

子供が欲しい人は、女性だけでなく男性も、マタニティ・チェックのように精子機能の精密検査をしておく必要があると言えるでしょう。

引き続き、精子の問題とともに、現状の顕微授精についても警鐘を鳴らす黒田さんに、さらに詳しく不妊治療の実態についてお伺いしていきます。

■後半その不妊治療は安全か?精子の質の見極めとこれからの不妊治療

黒田優佳子
黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。ヒト精子の研究と不妊治療を専門とする。これまでに受精能をもつ精子の選別法ならびに評価法等(黒田メソッド)を研究・確立。慶應義塾大学医学部、同 産婦人科学教室大学院を卒業、博士号を取得。東京大学医科学研究所の研究員を経て97年、慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室の女性初の医長に就任。2000年に独立、現職へ。著書に『不妊治療の真実―世界が認める最新臨床精子学』(幻冬舎)ほか。

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