はじめに
最近の世界市場における資金の推移を見ると、おおむね「先進国買い、新興国売り」の傾向が強まっています。特に、通貨の面でその傾向が際立っています。
こうした局面は、いつまで続くのでしょうか。通貨安傾向の強まっている国を中心に、それぞれの状況を確認しておきたいと思います。
弱り目に祟り目のアルゼンチン
年初から5月31日までの対米ドル通貨の騰落率を見ると、最も大きく下落したのはアルゼンチンペソです。以下、下落率の大きい順に、トルコリラ、ブラジルレアル、ロシアルーブル、インドルピ―となりました(下図)。
主要通貨のうち、対ドルでの騰落率がプラスになったのは、日本円、タイバーツ、中国元のみ。米ドルの強さが際立っているといってよいでしょう。
年初来の下落率が30%強と、最も下落率の大きかったアルゼンチンペソ。アルゼンチンはもともと景気低迷と財政赤字や対外債務の多さなどの点で、通貨への信認は低い国の1つでしたが、米国金利が3%に達したことを機に、通貨売りに拍車がかかりました。
同国の企業における対外債務は約2,300億米ドルと多く、自国通貨が弱ければその分だけドル建て債務が増えることになります。そのため、アルゼンチン政府は自国通貨の動きには敏感で、直近は緊急対応に追われています。
その1つが、政策金利の引き上げです。もともとアルゼンチンの政策金利は高水準で、4月24日時点で27.25%でしたが、政府はその後1週間足らずの間に3度の利上げを実施し、40%にまで引き上げました。政府当局の焦りがうかがえます。
また、直近6月にはアルゼンチン政府がIMF(国際通貨基金)から500億ドル(約5.5兆円)の融資を受けることについて、スタッフレベルで合意しました。ただ、融資の条件として、高いインフレ率と巨額の貿易赤字体質の改善が課されており、融資が実行されて通貨が安定してくるまでには多くの障害がありそうです。
トルコリラは下げ止まりの兆し
下落率第2位のトルコも、景気低迷、高インフレが続いている中で資金が流出気味。トルコリラは対米ドル、対円とも、5月には過去最低水準を更新しています。
トルコ政府当局は5月28日に緊急政策決定会合を開き、政策金利である1週間物レポレートを従来の8%から16.5%へ大幅な引き上げを発表。6月7日には、16.5%から17.75%への追加利上げを打ち出しました。市場ではこの対応が評価され、トルコリラは下げ止まりの兆しを見せています。
目先は金利水準の高さが通貨高要因となっていますが、高すぎる金利は国内経済の重石になる可能性があるため、手放しで評価できる政策とはいえません。今後トルコ通貨が安定するには、景気の状況が大きなポイントになりそうです。
インドネシアは通貨安に警戒感
その他の下落率上位国の中では、インドネシアも直近で利上げを実施した国です。5月17日の金融政策委員会で2014年以来となる利上げを発表したことに加えて、5月30日には臨時の委員会を実施して追加利上げを行っています。
インドネシアではこれまで趨勢的に通貨安気味に推移してきましたが、政府は輸出企業支援のために、通貨安容認の姿勢を見せていました。今回の利上げでは通貨の安定を目指す姿勢を明確にしたという点で、政府が通貨安に対してかなり警戒心を強めていることがわかります。
アルゼンチンやトルコと同様、今後、高金利と景気回復を両立できるかがインドネシアルピアの安定にとって重要なポイントになりそうです。
新興国売りはいつまで続く?
ここで紹介したアルゼンチン、トルコ、インドネシアのほかにも、利上げを行った国があります。6月6日に4年5ヵ月ぶりの利上げを発表したインドです。ただ、利上げの背景は前出の3ヵ国とはまったく異なっています。
通貨安という点では同じですが、異なっているのが国内の経済状況です。5月31日にインド統計局が発表した2018年1~3月期GDP(国内総生産)成長率は7.7%と、過去7四半期で最高となりました。通貨防衛よりもインフレ抑制を目指しているという点では、今回のインドの利上げは「比較的前向きな利上げ」といってよいでしょう。
世界的な資金循環を見ると、直近は通貨だけでなく株式市場でもおおむね「先進国買い、新興国売り」の傾向が強まっています。きっかけになっているのは米国の利上げ路線継続ですが、この利上げの話は急に出てきた話ではなく、昨年から継続的に実施されているものであり、あまり神経質になる必要はないと思います。
新興国の経済と財政面での健全性は、以前に比べて増しており、今後、徐々に落ち着きを取り戻してくると考えています。
(文:アイザワ証券 投資リサーチセンター 明松真一郎)