はじめに

トルコの8月の消費者物価指数は前年同月比+17.9%に達し、現地の人々の暮らしに大きな影響を与えています。私たちの暮らしや経済投資環境に大きな影響を与える物価。今回は、わが国の物価動向について考えたいと思います。


物価予想は思い込みで決まっている?

8月31日に東京都区部・消費者物価指数(8月、中旬速報値)が発表されました。全国版と比較して発表タイミングが早いこともあり、東京都区部・消費者物価指数は先行きを予測する上で有益な統計と考えられています。

生鮮食品を除く総合指数は、前年同月比+0.9%と14ヶ月連続の上昇となりました。また、生鮮食品とエネルギーを除く総合指数も、前年同月比+0.6%でした。

わが国では、1990年代半ば以降にデフレ(物価の持続的な下落)の時代があったことは、皆さまの記憶に鮮明に残っているのではないかと考えます。

「将来どの程度の物価上昇が発生するか」に関する人々の予想は、過去の物価上昇率に影響を受けるといわれています。すなわち、デフレの時代を経験したわが国では、将来の物価上昇率が低い程度に留まる、もっと乱暴な言葉でいうと「インフレなんて起こるはずはない」と考えている人が多いと思われます。

仮に、過去のある現象をもたらした理由が将来に渡って変化しないのであれば、過去の現象は将来も続く可能性が高いと思われます。しかし、過去の理由が継続するか否かについては、十分なチェックしないと単なる思い込みになりかねません。

そこで、東京都区部・消費者物価指数が一定程度、底堅く推移しており、過去のデフレ時代とは異なる動きを示していることを認識した上で、「過去デフレをもたらした理由」と、「その理由が将来も継続しそうであるか」を考えたいと思います。

(もしよろしければ、ここで、皆さんも過去のデフレをもたらした理由について考えてみてください)

日本がデフレに陥った理由

私が重要と考える理由は主に4点です。

(1)余剰感の強かった人員と設備、(2)輸出依存型の産業構造が貿易黒字・円高を呼び、輸入物価の低下を通じてデフレ圧力として働いたこと、(3)バブル崩壊により資産価格(不動産)が大きく下落したことの後遺症、(4)わが国と近い距離にあり巨大で安価な労働力を持っていた中国が、2001年に世界貿易機関へ加盟したことなどをきっかけとしてグローバル経済に組み込まれ、モノの値段の低下圧力として働いたこと、です。

この4点以外にも、少子高齢化の深刻化などが将来の心配の種となりますが、それについては次回以降でお話します。

そして私は、上記理由の中でも特に、「(1)余剰感の強かった人員と設備」によって企業が賃金や投資を抑制したことが、長期間デフレが続いた理由として重要であると考えています。

わが国の年次ベースの完全失業率を見た場合、1990年以降の最大値は、2002年の5.4%です(2017年は2.8%)。2018年7月のユーロ圏(19カ国ベース)の失業率8.2%と比較すると、苦しい時代においてもわが国の企業が雇用を守ったことがよく分かります。

しかし、この数字は逆説的に考えると、企業が人員や設備削減を、慎重に段階的に実行してきたことのひとつの表れであると考えられます。

苦しい時代においても、企業が慎重に段階的に人員・設備削減を進めたのであれば、企業の供給能力(モノやサービスを作る力)には、余剰感が生まれます。加えて、人員の余剰は賃金の抑制圧力として、設備の余剰は投資の抑制圧力として働き、これらは、モノやサービスの値段、すなわち物価の低下圧力となります。私は、このことが、デフレ的な環境が長期間継続した理由として、最も大きいと考えます。

では、今はどうなっているのか

人員・設備の余剰感は、日銀短観によって捉えることができます。これによると、雇用人員判断DI、生産・営業用設備判断DIは近年ともにマイナスポイントが続いており、人員・設備の余剰感が過去のものであることがよく分かります(下図)。

すなわち、この観点からは、過去のデフレをもたらした理由が継続しないと考えるべきであり、「インフレなんておこるはずがない」という理由にはならないと考えられるのです。

次回以降で、過去のデフレをもたらした他の理由が継続するか否かと、少子高齢化などの将来深刻化する問題について、お話できればと考えます。

(文:アセットマネジメントOne チーフ・グローバル・ストラテジスト 柏原延行)

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